正直に言うと、行く前は少し不安でした。
本当に辿り着けるのか。
帰りの足はあるのか。
半年前に離島好きの友人が「日本でいちばん行きにくい有人島を制覇した」と話していた。興味を持って調べたところ、東京から公共交通機関だけで向かうには最低でも2日かかる島がいくつかあることを知った。その中でも山口県の見島は、萩からのフェリーが1日1往復のみで、萩までの路線バスの本数も限られていた。
当初は飛行機で山口宇部空港まで行くことを考えていたが、費用を抑えたかったのと、長距離移動そのものを楽しみたいという気持ちがあった。夜行バスと在来線、路線バス、フェリーを組み合わせれば、片道15000円程度で行けると分かり、3泊4日の休みを取って計画を立てた。
時期は5月の連休明けを選んだ。この時期なら海が比較的穏やかで、フェリーの欠航リスクが低いと判断した。ただし気象条件によっては運休もあるため、予備日を含めた日程を組む必要があった。
🔁 旅ちゃんねるの前回の癒し旅はこちら
👉青島ひとり旅|猫と海に助けられた日(瀬戸内)
実際にやってみた流れ
東京から新山口駅まで
出発は金曜日の夜23時発の夜行バスを使った。バスタ新宿から広島行きの便で、新山口駅には翌朝7時20分に到着する予定だった。予約は出発の3週間前にウェブサイトから行い、座席は通路側の前方を選んだ。料金は7800円だった。
乗車当日は22時30分にバスタ新宿に到着した。トイレを済ませて乗り場を確認し、22時50分から乗車が始まった。車内は8割程度の乗車率で、隣の席は空いていた。首に巻くタイプのネックピローと耳栓、アイマスクを持参していたが、結局使ったのは耳栓だけだった。
途中、深夜2時頃に足柄SAで20分の休憩があった。自動販売機で飲み物を買い、トイレに行った。その後は断続的に眠り、気づくと広島県に入っていた。朝6時に吉和PAで2回目の休憩があり、ここで洗面所で顔を洗った。
新山口駅には定刻より5分早く7時15分に到着した。駅構内のトイレで着替えと歯磨きを済ませた。コインロッカーに荷物を預けることも考えたが、バックパック1つだったのでそのまま持ち歩くことにした。
新山口駅から萩バスセンターまで
新山口駅から萩までは防長交通の路線バスを使う。「スーパーはぎ号」という特急バスで、所要時間は約1時間10分、料金は1570円だった。1日6便あり、私が乗る便は8時20分発だった。
バス乗り場は新山口駅新幹線口を出て右手にあった。7時50分頃に向かうと、すでにバス停の表示があり、待合スペースもあった。駅構内のコンビニで朝食用のおにぎりとお茶を買った。
8時10分頃にバスが到着し、運転手に行き先を告げて現金で支払った。交通系ICカードは使えないとウェブサイトで確認していたので、あらかじめ小銭を用意していた。乗客は私を含めて4人だった。
バスは定刻に出発した。中国自動車道を使わず、国道262号線を通る一般道ルートだった。車窓からは田園風景と山間部が続き、時折小さな集落を通過した。途中、絵堂、明木などいくつかのバス停に停車したが、乗降客はいなかった。
萩バスセンターには9時30分に到着した。ここからフェリー乗り場の萩港までは徒歩15分程度だったが、フェリーの出港時刻は12時30分だったので、先に萩の市街地を歩くことにした。
萩市街地での待ち時間
萩バスセンターから萩城跡方面へ歩いた。観光案内所で見島についての資料をもらい、帰りのバスの時刻も確認した。案内所の職員に見島に行くことを伝えると、「天気が良くてよかったですね」と言われた。
萩城跡周辺を1時間ほど散策し、コンビニで昼食用のパンと飲み物を購入した。見島には商店が1軒あると聞いていたが、営業時間が不確かだったため、2日分の食料を買い込んだ。パン4個、カップ麺2個、お菓子、ペットボトルの水とお茶を合わせて約2000円分になった。
11時30分に萩港へ向かった。バスセンターからは海沿いに歩き、途中の道は歩道が狭かったため車に注意しながら進んだ。
フェリー乗船手続き
萩港のフェリーターミナルには11時45分に到着した。建物は小さく、待合室と券売窓口が一体になっていた。窓口で見島行きの乗船券を購入した。2等席で片道2280円だった。往復割引はなく、帰りの便は見島で購入することになると説明された。
乗船名簿に名前と連絡先を記入した。この日の乗客リストを見ると、私の前に5名ほどの名前があった。待合室には地元の方と思われる年配の女性が2人座っていた。
12時頃、外にフェリーが接岸しているのが見えた。「おにようず」という船名だった。全長約40メートルほどの小型フェリーで、車両も積載できる構造になっていた。船内放送で乗船開始が告げられたのは12時20分だった。
乗船は徒歩客が先で、その後に車両が積み込まれた。タラップを上がり、船内の2等客室に入った。畳敷きの和室スタイルで、定員は50名程度と思われた。すでに先客が3名いたので、窓際の場所に荷物を置いた。
見島までの航路
12時30分、定刻通りに出港した。エンジンの振動が床から伝わってきた。萩の町並みがゆっくりと遠ざかり、10分ほどで外海に出た。
船内には自動販売機とトイレがあった。デッキにも出られたので、15分ほど外の空気を吸った。風は強かったが、波は比較的穏やかだった。他の乗客も数名デッキに出ていた。
40分ほど経つと進行方向に島影が見えてきた。それが見島だった。島は思ったより起伏があり、集落は海岸沿いに密集しているように見えた。
13時40分、見島の本村港に到着した。所要時間は約1時間10分だった。下船は車両が先で、徒歩客はその後だった。港には迎えの車が数台停まっていた。
見島での移動
港のすぐ近くに宇津観音という寺があり、まずそこに向かった。港から徒歩3分ほどで、石段を上がると本堂があった。境内からは港と集落が見渡せた。
集落内を歩いて商店を探した。港から200メートルほど歩いたところにあったが、シャッターが閉まっていた。張り紙を見ると、営業は午前中のみと書いてあった。想定していた状況だったので、前日に食料を買っておいて正解だった。
宿は港から徒歩5分の民宿を予約していた。チェックインは15時からだったが、13時50分頃に到着したところ、女将さんが出てきて「荷物だけ置いていっていいですよ」と言ってくれた。バックパックを部屋に置き、貴重品だけ持って外出した。
島内の探索
見島は周囲約17キロメートルで、集落があるのは東側の本村地区だけだった。島内にはレンタサイクルもレンタカーもなく、移動手段は徒歩のみだった。
まず北側の宇津展望台を目指した。集落から離れると舗装道路は続いていたが、傾斜がきつくなった。30分ほど歩くと分岐点に着き、そこから展望台までは未舗装の山道になっていた。
展望台までの道は草が茂っていて、足元が見えにくい箇所があった。持参していたトレッキングポールを使って進んだ。15分ほど登ると開けた場所に出て、そこが展望台だった。ベンチと説明板があり、日本海が一望できた。
展望台で20分ほど休憩し、持ってきたパンを食べた。下山は同じ道を戻り、14時50分頃に集落に戻った。
民宿での滞在
15時に民宿に戻り、正式にチェックインした。部屋は6畳の和室で、窓から港が見えた。共同のトイレと洗面所は廊下にあり、風呂は17時から使えると説明された。
夕食は18時だった。食堂に行くと、他の宿泊客はおらず、私一人だった。女将さんが「今日は他にお客さんがいないので、ゆっくりしてください」と言った。
料理はサザエの壺焼き、刺身、煮魚、天ぷらなど海産物が中心だった。ご飯と味噌汁はおかわり自由だった。女将さんと会話する機会があり、島の人口が約700人であること、冬場はフェリーがよく欠航することなどを聞いた。
食後は部屋で休み、21時頃に就寝した。波の音が微かに聞こえたが、静かな環境だった。
翌日の行動
翌朝は6時に起床した。朝食は7時で、ご飯と焼き魚、卵焼き、味噌汁というシンプルな内容だった。
チェックアウトは10時だったが、フェリーの出港は14時50分だったので、荷物を預かってもらい、島の南側を歩くことにした。
南側には大井という地区があり、牧場や牛が放牧されていると聞いていた。集落から南へ続く道を歩き始めた。途中、見島ウシという天然記念物の看板があった。
1時間ほど歩くと開けた場所に出て、牧場が見えた。柵の向こうに黒い牛が数頭いた。近づくと牛が警戒した様子でこちらを見たが、逃げることはなかった。
12時頃に集落に戻り、港近くのベンチで昼食を取った。カップ麺を食べたかったが、お湯が手に入らなかったので、残っていたパンで済ませた。
帰路のフェリー
13時に民宿に戻り、荷物を受け取った。女将さんにお礼を言い、港へ向かった。
フェリーターミナルで乗船券を購入し、14時30分頃に乗船した。帰りの船は行きよりも乗客が多く、15名ほどいた。多くは島民と思われる方々だった。
14時50分に出港し、萩港には16時に到着した。予定通りの時刻だった。
萩から新山口駅まで
萩港からバスセンターまで徒歩で戻り、16時40分発の新山口駅行きのバスに乗った。料金は行きと同じ1570円だった。
バスは18時前に新山口駅に到着した。駅ビルで夕食を取り、19時30分発の夜行バスで東京へ戻った。
途中でつまずいた点
最も困ったのは見島での食料確保だった。商店が午前中のみの営業で、到着時刻には閉まっていた。事前に調べてはいたが、具体的な営業時間までは把握していなかった。結果的に萩で食料を買っておいたので問題はなかったが、もし買い忘れていたら夕食以外の食事に困っただろう。
フェリーの予約ができない点も戸惑った。電話で問い合わせたところ、予約制ではなく当日先着順とのことだった。繁忙期は乗れない可能性もあると言われ、不安だったが、5月の平日だったため問題なかった。
見島での移動手段も想定より限られていた。レンタサイクルがあると思っていたが、実際にはなかった。集落の人に聞いたところ、以前はあったが現在は休止中とのことだった。そのため、徒歩での移動しかできず、島の西側や北端まで行く計画は断念した。
宇津展望台への道も予想以上に荒れていた。観光地図には載っていたが、実際には利用者が少ないようで、草が伸びていた。長袖長ズボンとトレッキングシューズを履いていたので大丈夫だったが、軽装だったら引き返していただろう。
萩での待ち時間の使い方も非効率だった。2時間以上あったが、事前に回るルートを決めていなかったため、行き当たりばったりになった。結果的に萩城跡周辺しか見られなかった。
夜行バスでの睡眠も思ったより取れなかった。座席のリクライニング角度が想定より浅く、首が痛くなった。ネックピローを持参していたが、形状が合わず使わなかった。別のタイプを試すべきだった。
帰りのバスの時刻確認も曖昧だった。萩バスセンターで時刻表を撮影していたが、曜日によって運行本数が違うことを見落としていた。たまたま日曜日も運行している便だったが、事前にもっと細かく確認すべきだった。
自分なりに工夫した部分
食料の持参量は多めにした。当初は1日分だけ考えていたが、商店の営業状況が不確かだったため、2日分の食料を萩で購入した。パンは日持ちするものを選び、カップ麺は万が一お湯が手に入った時のために持って行った。結果的にカップ麺は食べられなかったが、持って行ったこと自体は正解だった。
水分も多めに用意した。ペットボトル2リットル分を持参したが、5月でも日中は暑く、展望台への登山で1本使い切った。民宿では食事時以外の飲み物提供がなかったため、持参した水が役立った。
服装は重ね着できるようにした。朝晩は涼しいが日中は暑いと予想し、長袖シャツの下に半袖Tシャツを着た。実際、日中は長袖を脱いで歩き、展望台では羽織った。
靴はトレッキングシューズを選んだ。スニーカーでも問題ないと思っていたが、展望台への道が予想より悪かったため、グリップ力のある靴で正解だった。
現金も多めに用意した。島内にATMはないと事前に確認していたので、萩で5万円を引き出しておいた。実際には民宿の支払いが現金のみで、1泊2食で9000円だった。カード決済ができると思っていたので、事前に確認しておいてよかった。
帰りのフェリー時刻は何度も確認した。1日1便しかないため、乗り遅れると島に1泊延長になる。民宿のチェックアウト後も時計を何度も見て、余裕を持って港に向かった。
バスの時刻表は印刷して持参した。スマートフォンの電池切れに備え、紙の時刻表を持っていた。実際には電池は十分あったが、紙の方が見やすく、何度も確認できた。
充電器とモバイルバッテリーも持参した。民宿でスマートフォンを充電できたが、カメラの充電はバッテリーが必要だった。容量10000mAhのものを持って行き、1度使用した。
地図アプリはオフラインマップをダウンロードしておいた。島内のモバイル回線は電波が弱いと聞いていたため、事前に山口県全域の地図を端末に保存した。実際には電波は問題なかったが、準備しておいたことで安心できた。
実感した変化
この旅行を通じて、公共交通機関だけで遠隔地に行く計画力がついた。以前は車やレンタカーに頼りがちだったが、バスとフェリーの組み合わせでも十分に旅ができることを実感した。時刻表を細かく調べる習慣もついた。
待ち時間の過ごし方も上達した。萩での2時間、見島での4時間という長い待ち時間を、観光や散策に充てることで無駄にしなかった。以前なら退屈に感じただろうが、今回は時間を楽しめた。
荷物の選別も上手くなった。3泊4日の旅行をバックパック1つで済ませられたのは初めてだった。必要最低限のものだけを持ち、衣類は圧縮袋に入れた。洗面用具も小さいボトルに詰め替えた。
歩くことへの抵抗がなくなった。見島では1日に10キロ以上歩いたが、苦にならなかった。普段の通勤でも一駅分歩くようになり、体力がついた実感がある。
情報収集の方法も変わった。観光サイトだけでなく、自治体の公式ページや個人のブログも読むようになった。特に実際に行った人の体験談は参考になった。
予備プランの重要性も理解した。フェリーが欠航した場合の代替案を考えておくべきだったと、帰宅後に気づいた。今後の旅行では必ず予備日や代替ルートを検討するようにしている。
現地の人との会話も意識するようになった。民宿の女将さんや港で会った島民の方との短い会話から、島の実情を知ることができた。ガイドブックには載っていない情報が得られた。
写真の撮り方も変化した。観光名所だけでなく、集落の路地や港の風景、バスの車窓など、移動中の何気ない景色も記録するようになった。後から見返すと、そういう写真の方が記憶を呼び起こす。
時間に対する感覚も変わった。都市部では5分のバスの遅れでもイライラしていたが、1日1便のフェリーを待つ経験をしてから、時間の流れ方が場所によって違うことを実感した。急ぐ必要のない時間を過ごせるようになった。
旅行先の選び方も変わった。以前は有名な観光地ばかり選んでいたが、今はアクセスの難しい場所にも興味を持つようになった。行きにくい場所ほど、着いた時の達成感があることを知った。
まとめ
フェリーと路線バスで見島に行く旅は、想定以上に時間がかかったが、それ以上に得るものが多かった。東京から3泊4日かけて、約700人が暮らす島に辿り着く過程そのものが旅の価値だった。
アクセスの難しさは、事前準備の重要性を教えてくれた。食料、現金、時刻表の確認、服装の選択など、一つひとつの準備が現地での快適さに直結した。特に1日1便のフェリーというスケジュールは、余裕を持った計画の必要性を痛感させた。
見島での滞在時間は実質30時間程度だったが、島内を歩き、景色を見て、民宿で島の話を聞くことで、その土地の空気を感じられた。効率だけを求める旅とは違う充実感があった。
この経験後、他のアクセス困難な島にも興味を持つようになった。五島列島の小値賀島、隠岐諸島の知夫里島など、行ってみたい場所のリストができた。公共交通機関だけで行ける範囲が、思った以上に広いことも分かった。
費用面でも満足している。往復の交通費と宿泊費、食費を合わせて約3万5千円で済んだ。飛行機とレンタカーを使えば時間は短縮できただろうが、この旅のペースが自分には合っていた。
今後も年に1回は、こうした時間のかかる旅をしたいと考えている。次は東北の離島か、瀬戸内海の島を検討している。アクセスの難しさを楽しむ旅は、自分なりの旅のスタイルとして定着しつつある。


