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猫が案内する小さな奇跡|田代島

この記事は、はじめてのひとり旅でも不安にならず、
島で静かに過ごしたい人に向けて、実体験をもとに書いています。

島を歩いていて、
気づけば猫のあとをついて歩いていました。

目的地は決めていないのに、
なぜか「間違っていない」と思えた時間です。

旅に出たのに、
「今日は何もしなくていい」と思えた瞬間がありました。

予定も、目的も、成果もいらない。
ただ、そこにいるだけでよかった時間です。

朝の瀬戸内に向かう船に揺られながら、ふと「どこかへ逃げたい」気持ちが胸に残っていた。
愛媛の小さな島・田代島は、観光地というより“猫たちと静かに呼吸を取り戻す場所”だった。
島の人たちの日常、猫との距離、時間の流れ方──全部がやさしくて、少し胸が温かくなる。

この記事では、私が田代島で出会った“猫と海と小さな奇跡”の一日を物語として綴ります。

🔁 旅ちゃんねるの前回の男木島の島旅はこちら

揺られながら、少しずつ解けていく

船が動き出すと、港がゆっくり遠ざかっていく。

デッキに出て、手すりに寄りかかる。潮風が強くて、髪がばさばさになる。でも、気持ちいい。海の匂いって、なぜこんなに懐かしいんだろう。子どもの頃、家族で行った海水浴を思い出す。あの頃は、何も考えずに笑っていられたな。

船には、私以外に10人ほどの乗客がいた。カメラを抱えた若い女性二人組。リュックを背負った年配の男性。みんな、きっと猫に会いに行くんだろう。なんだか、同じ目的を持った旅人たちと一緒にいるって、悪くない。

波の音が、規則的に響く。ざぶん、ざぶん。

揺れに身を任せていると、肩の力が抜けていくのがわかる。東京で働いていると、いつも何かに追われているような気がしていた。メールの返信、締め切り、人間関係。でも、ここには何もない。ただ、海と空と、これから会う猫たちがいるだけ。

40分ほどで、島が見えてきた。

小さな港と、斜面に点在する家々。思っていたよりずっと、小さい島だった。

最初の出迎えは、三毛猫だった

桟橋に降り立つと、すぐに気づいた。

いる。猫が、いる。

港のすぐそばの石垣に、三毛猫が一匹、こちらをじっと見ていた。琥珀色の瞳。少し警戒しているような、でも興味津々といった様子で、私を観察している。

「こんにちは」

思わず声をかけてしまう。猫に話しかけるなんて、東京ではしなかったのに。三毛猫は、ゆっくりと瞬きをした。それだけで、なぜか「歓迎されている」気がした。

港から集落へ続く坂道を歩き始めると、次々に猫が現れた。塀の上、階段の途中、家の軒先。どこにでも、猫がいる。茶トラ、黒猫、白黒、キジトラ。みんな、のんびりと日向ぼっこをしていたり、毛繕いをしていたり。

足音を立てないように、そっと歩く。アスファルトの道に、時々猫の足跡がついている。この島では、猫が主役なんだ、と実感する。

一匹の黒猫が、私の前を横切った。立ち止まって、振り返る。まるで「こっちだよ」と言っているみたいだった。

案内されるまま、坂を登る

黒猫の後をついていくことにした。

理由なんてない。ただ、そうしたかったから。黒猫は時々立ち止まって、私がついてきているか確認するように振り返る。尻尾をピンと立てて、また歩き出す。

坂道は、思ったより急だった。息が切れる。運動不足を痛感する。でも、不思議と苦しくない。むしろ、体を動かすことが気持ちいい。

道の両脇には、古い木造の家が並んでいる。どの家も、丁寧に手入れされている様子が伝わってくる。玄関先には、猫用の水飲み場や餌皿が置かれていた。この島の人たちは、猫を大切にしているんだな。

ふと、一軒の家の窓から、おばあさんと目が合った。にこりと笑って、手を振ってくれる。私も慌てて手を振り返す。温かい気持ちになる。知らない土地で、知らない人に笑いかけられるって、こんなに嬉しいことだったんだ。

黒猫は、坂の途中にある小さな神社の前で止まった。

「猫神社」と書かれた古い木の看板。ああ、ここが有名な猫神社なんだ。

小さな社で、手を合わせる

階段を上がると、ひっそりとした空間が広がっていた。

小さな、本当に小さな社。でも、きちんと掃除されていて、お供え物も新しい。地元の人たちが、今も大切にしているんだろう。

猫神社は、漁師たちが海の安全と大漁を祈願して建てたものだと、フェリーで読んだパンフレットに書いてあった。昔、この島では猫を大切にすると漁が豊かになると信じられていたらしい。

手を合わせる。何を祈ろうか、一瞬迷う。

結局、「ありがとうございます」とだけ心の中で呟いた。何に対する感謝なのか、自分でもよくわからない。でも、今ここにいられること、猫に出会えたこと、この島に来られたこと。全部に、感謝したかった。

目を開けると、さっきの黒猫が社の前でお座りをしていた。まるで、私が祈り終わるのを待っていたみたいに。

「君も、神社の猫なの?」

黒猫は、また瞬きで答えた。

昼下がりの浜辺で、言葉を失う

黒猫に導かれるまま、さらに奥へ進んでいくと、視界が開けた。

浜辺だ。

小さな入り江に、透明な海。波は穏やかで、さざ波が砂浜を優しく撫でている。そして、そこにも猫がいた。砂浜で寝転んでいる猫、岩の上で海を眺めている猫、波打ち際で遊んでいる猫。

思わず、立ち尽くしてしまった。

こんな光景、見たことがなかった。猫と海と空。それだけで、完璧な絵になっている。写真を撮ろうと、バッグからスマホを取り出そうとして、やめた。

今は、ただ見ていたい。この瞬間を、目に焼き付けたい。

浜辺に腰を下ろす。砂の感触が、ズボン越しに伝わってくる。一匹の茶トラが、ゆっくりと近づいてきた。警戒する様子もなく、私の隣に座る。

「ここ、座ってもいい?」

茶トラは、喉を鳴らし始めた。ゴロゴロゴロ。その音が、波の音と重なる。

時間が、ゆっくり流れていく。

都会では、一分一秒を無駄にしないように生きていた。効率的に、生産的に。でも、ここでは時間の使い方が違う。何もしないことが、何かをすることより大切な気がした。

茶トラの頭を、そっと撫でる。温かい。命の温もり。当たり前のことなのに、最近忘れていた感覚だった。

小さな事件は、突然やってくる

どれくらいそうしていただろう。

突然、茶トラが立ち上がった。耳をピンと立てて、何かを警戒している。私も、その視線の先を見る。

岩場の向こうから、一匹の子猫が現れた。まだ小さい。生後数ヶ月くらいだろうか。白とグレーの毛並み。でも、様子がおかしい。左の前足を、少し引きずっている。

心臓が、ドクンと跳ねた。

子猫は、こちらに気づいて立ち止まった。怯えた目で、私を見ている。逃げようか、近づこうか迷っているみたいだった。

どうしよう。

助けるべきなのか。でも、どうやって。この島に、動物病院はあるんだろうか。そもそも、私が手を出していいんだろうか。野良猫に餌をやることさえ、賛否両論があるのに。

頭の中で、色々な考えがぐるぐる回る。

茶トラが、動いた。ゆっくりと子猫に近づいていく。子猫は警戒したけれど、逃げなかった。茶トラは、子猫の体を舐め始めた。まるで、「大丈夫だよ」と言っているみたいに。

そうか。この島の猫たちは、みんな家族なんだ。

私にできることは、きっと何もない。でも、見守ることはできる。

島の人に、教えてもらったこと

結局、私は島の人に助けを求めることにした。

浜辺から集落に戻り、最初に見かけた家を訪ねる。玄関先で洗濯物を干していたおばあさんに、子猫のことを伝えた。

「ああ、あの子ね」

おばあさんは、穏やかな声で言った。

「時々、足を引きずってるのよ。でも、ちゃんと餌も食べてるし、他の猫たちと仲良くやってる。この島の猫はね、みんな強いの。人間が心配するより、ずっと逞しく生きてるのよ」

その言葉に、私は何も言えなくなった。

「都会から来た人はね、よく心配してくれるの。ありがたいことだと思ってる。でもね、この島の猫たちは、自分たちで生きる術を知ってるの。私たちは、見守って、必要な時だけ手を貸す。それが、ちょうどいいのよ」

おばあさんは、優しく笑った。

「あなたも、あんまり心配しすぎないで。猫に教えてもらうといいわ。生きるって、もっとシンプルなものだって」

家に戻ろうとするおばあさんの背中を見送りながら、私は自分の傲慢さに気づいた。

助けたい、って思う気持ちは本当だった。でも、それは同時に「私がいないとダメだ」っていう思い上がりでもあったのかもしれない。子猫は、子猫なりに生きている。この島で、この猫たちのコミュニティの中で。

私は、ただの旅人に過ぎない。

夕暮れ時の港で、考えたこと

夕方になって、もう一度港に戻った。

帰りのフェリーまで、まだ時間がある。防波堤に座って、海を眺める。

空が、オレンジ色に染まり始めていた。雲が、刻一刻と色を変えていく。ピンク、紫、深い青。こんなに美しい夕焼けを見たのは、いつぶりだろう。

三毛猫が、また現れた。朝、最初に会った三毛猫だった。気がつくと、隣に座っている。

「君、覚えててくれたの?」

三毛猫は、相変わらず何も言わない。ただ、一緒に海を見ている。

この島に来て、私は何を得たんだろう。

猫に癒された、とは少し違う気がする。もっと、根本的な何か。生きることの基本みたいなものを、思い出させてもらった気がする。

都会で暮らしていると、色々なものを背負い込んでしまう。他人の期待、社会の常識、自分で作り上げた理想像。それらに押しつぶされそうになりながら、でも頑張らなきゃって思ってた。

でも、この島の猫たちは、そんなもの何も背負っていない。ただ、今を生きている。お腹が空いたら食べて、眠くなったら寝て、気持ちいい場所を見つけたら日向ぼっこをする。それだけ。

シンプルすぎるって、思うかもしれない。でも、そのシンプルさの中に、本当に大切なものが詰まっているんじゃないだろうか。

風が、また吹いた。今度は、朝より温かい風だった。

夜の島で、小さな光を見つける

フェリーの最終便まで、あと30分。

集落の中を、もう一度歩いてみることにした。夕暮れから夜へと変わる時間。空は深い藍色に染まり、家々の窓から明かりが漏れ始めている。

猫たちも、夜の顔を見せていた。昼間ののんびりした様子とは違う、少し鋭い目つき。狩りの時間なんだろうか。でも、それも猫の生き方なんだと思う。

ある家の前を通りかかった時、中から笑い声が聞こえてきた。家族の団欒だろうか。温かい光と、温かい声。この島では、人も猫も、それぞれの生活がある。

私は、東京に帰ったら何が待っているんだろう。

相変わらずの仕事、相変わらずの日常。でも、きっと少し違って見えるんじゃないだろうか。この島で感じたことを、忘れずにいられたら。

港に戻ると、黒猫がいた。朝、私を案内してくれた黒猫。

「ありがとう」

もう一度、声に出して言った。黒猫は、尻尾を一度、ゆっくりと振った。それが、「また来いよ」って言ってるように見えた。

フェリーが、汽笛を鳴らす。

乗船の時間だ。

離れながら、つながっていく

船が港を離れていく。

デッキに立って、島を見つめる。どんどん小さくなっていく島。猫たちの姿は、もう見えない。でも、確かにそこにいる。今も、それぞれの場所で、それぞれの時間を過ごしている。

私の中に、何かが残っている。

それは、写真でも、お土産でもない。もっと形のないもの。でも、確かに手に入れたもの。

「生きるって、もっとシンプルなものだって」

おばあさんの言葉が、また頭に浮かぶ。

そうだよな、と思う。私は、複雑に考えすぎていたのかもしれない。完璧じゃなくていい。効率的じゃなくていい。ただ、今を生きる。それだけでいいんだ。

海が、暗闇に溶けていく。船の明かりだけが、水面を照らしている。

スマホを取り出して、今日撮った写真を見返す。猫の写真、海の写真、空の写真。どれも、その瞬間の空気まで閉じ込められている気がした。

でも、一番大切なものは、写真には写っていない。

子猫の温もり、波の音、潮の匂い、おばあさんの笑顔、猫たちの瞬き。そして、自分の中に生まれた、小さな変化。

帰り道で、決めたこと

石巻港に着いた時には、すっかり夜だった。

駅までの道を歩きながら、私は考えていた。明日から、また仕事が始まる。いつもの生活が戻ってくる。でも、私は少し変わった。

完璧を目指すのをやめよう、と思った。

人の期待に応えることだけを考えるのをやめよう、と思った。

もっと、自分の気持ちに素直になろう、と思った。

簡単なことじゃないのは、わかってる。明日になったら、また忘れてしまうかもしれない。でも、その時は、また思い出せばいい。田代島の猫たちのことを。あの、穏やかな時間のことを。

駅のホームで電車を待ちながら、ふと空を見上げた。

星が、いくつか見えた。都会では見えない星。でも、確かにそこにある星。

猫たちも、今頃、この同じ星を見ているんだろうか。

なんて、そんなことを考えてしまう。猫は星なんて見ないかもしれないけれど。でも、同じ空の下にいる。それだけで、何だか心強い気がした。

電車が来た。

ドアが開いて、中に入る。座席に座って、窓に映る自分の顔を見る。少し、疲れてる。でも、悪い顔じゃない。

小さな奇跡は、続いていく

あれから、もう一週間が経った。

東京での生活は、予想通り、相変わらずだった。満員電車、締め切り、会議。でも、前とは少しだけ違う。

疲れた時、私は目を閉じて、あの島のことを思い出す。波の音、猫の鳴き声、潮の匂い。それだけで、少し楽になる。

「最近、落ち着いてるね」

同僚に言われた。そうかもしれない、と思った。焦らなくなった。完璧じゃなくてもいいって、思えるようになった。

猫が教えてくれたこと。

それは、「生きるって、もっとシンプルなものだ」ってこと。そして、「今、ここにいることが大切だ」ってこと。

田代島の猫たちは、きっと今日も、あの島で生きている。日向ぼっこをして、魚をもらって、時々喧嘩して、仲直りして。そうやって、毎日を過ごしている。

私も、私なりに、毎日を過ごしていく。

完璧じゃなくていい。ただ、今を生きる。それだけでいい。

次の休みには、また行こうかな、なんて考えている。田代島に。猫たちに会いに。そして、あの穏やかな時間の中で、また少し、自分を取り戻しに。

小さな奇跡は、きっとまた起こる。

猫が案内してくれる、小さな奇跡。それは、特別なことじゃない。ただ、忘れていた何かを思い出させてくれる、そんな優しい時間。

窓の外を見ると、夕焼けが見えた。

田代島で見た夕焼けとは違うけれど、同じ空。同じ太陽。

ああ、また行きたいな。

そう思いながら、私は今日も、この街で生きていく。

猫たちが教えてくれたことを、胸に抱きながら。

この旅で感じたこと

島を歩いていると、
時間が少しだけ、ゆっくり流れているように感じる瞬間があります。

生口島や男木島では、
観光地として「何かを見せよう」としてくる感じがあまりありません。
港の静けさ、路地の陰、軒先で眠る猫。
それらが特別な演出なしに、そこにあるだけでした。

猫たちも、人に近づきすぎず、離れすぎず、
ちょうどいい距離感で島の一部として存在しているように見えます。
その様子を眺めているうちに、
こちらの気持ちまで少しずつ緩んでいきました。

この旅で印象に残ったのは、
「何をしたか」よりも、
「何も急がなくてよかった」という感覚です。

島では、予定通りに進まないこともあります。
でも、その余白があるからこそ、
風の音や、足音、ふとした表情に気づける時間が生まれます。

忙しい日常から少し距離を取りたいとき、
こうした島の旅は、
自分のペースを思い出すきっかけになるのかもしれません。

まとめ

田代島は、観光地のように賑やかではないけれど、静かな時間が流れ、猫たちの息づかいがそのまま残っている場所でした。
子猫との小さな出来事や、おじいさんとの会話──何気ない瞬間が、不思議と心に残っている。
旅は答えをくれるわけじゃないけれど、田代島では“忘れていた感覚”をそっと思い出させてもらった気がします。
また季節を変えて訪れたくなる、そんな島でした。

📌 次に読みたい猫の島旅
👉 青島|猫と海の暮らしに出会う日

※本記事は、実際に現地を訪れた体験をもとに、
移動・過ごし方・感じたことを記録しています。

 

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縁結びが宿る島|生口島とひとり旅の午後

この記事は、何もしない時間を大切にしたい人に向けて、
実体験をもとに書いた、静かなひとり旅の記録です。

 

時計を見なくなったのは、
島に着いてからしばらく経ってからでした。

何かをしているわけでもないのに、
時間だけが、静かに過ぎていきます。

旅に出たのに、
「今日は何もしなくていい」と思えた瞬間がありました。

予定も、目的も、成果もいらない。
ただ、そこにいるだけでよかった時間です。

特別な理由があったわけじゃない。ただ、なんとなく「海を見たい」と思った。それだけ。

生口島を選んだのも、偶然に近い。
地図を眺めていたら、なんだか名前の響きがやさしくて。「いくちじま」って、口に出すとちょっとあたたかい。そう感じたから、ここにしようと思った。

ひとり旅って、こういう選び方でいいんだと思う。
誰かに説明する必要もないし、理由を求められることもない。気まぐれと直感だけで、行き先を決めていい。

📍前回の記事【男木島】猫とアートに癒される瀬戸内の楽園|はこちら

🎥動画はこちら👇

橋を渡るということ

生口島へ渡る橋は、生口橋という。
バスの中から見上げると、思っていたより高い。アーチを描いて、空に向かって伸びている。

橋を渡るときって、なんだか特別な気持ちになる。
ここから、別の場所へ行くんだっていう境界線を、はっきりと感じられるから。陸続きなのに、島に「渡る」っていう感覚がある。

バスの窓を少しだけ開けてみた。
潮の匂いと、風の音が一緒に入ってくる。髪が少し乱れた。ああ、海に来たんだなって、体が理解する瞬間だった。

橋を渡り終えて、島に入る。
景色が変わったわけじゃないのに、空気が違う気がした。もっと、ゆっくりしていいよって言われているような。そんな錯覚。

「瀬戸田港」で降りた。
小さなバス停に、私ひとり。運転手さんが「気をつけてね」と声をかけてくれた。それだけで、少しうれしくなった。

耕三寺、それから

島に来たら、まず耕三寺に行こうと決めていた。
カラフルなお寺、というイメージだけを頼りに。

歩いて十分ほど。商店街のような通りを抜けると、突然、派手な山門が現れた。
朱色と金色。思わず「わあ」と声が出た。誰もいない路地で、ひとりで驚いている自分がちょっとおかしかった。

拝観料を払って中に入る。
境内は思っていたより広くて、いくつもの建物が並んでいる。どれも色鮮やかで、ここが本当に日本なのか、一瞬わからなくなるような感覚があった。

でも、派手なだけじゃない。
ひとつひとつの建物に、丁寧な装飾が施されている。龍の彫刻、花の透かし彫り、細やかな彩色。これを作った人の、執念のようなものを感じた。

「母のために建てたお寺なんですよ」

不意に、声をかけられた。
振り返ると、白髪のおじいさんが立っていた。お寺の関係者なのか、ボランティアガイドなのか。優しい目をしていた。

「お母さんのため、ですか」

私が聞き返すと、おじいさんは頷いた。

「耕三寺耕三という実業家が、亡くなった母を偲んで建てたんです。すごいでしょう。母への愛が、こんな形になるなんて」

母への愛。
その言葉が、胸にすとんと落ちた。

私は母とうまくいっていないわけじゃない。ただ、最近は連絡も減って、会う回数も少なくなった。それが大人になるってことだと思っていたけれど、もしかしたら、それだけじゃないのかもしれない。

「あの、縁結びにもご利益があるって聞いたんですけど」

私は話題を変えるように尋ねた。

「ああ、それは『未来心の丘』のほうかな。ここから少し上がったところにあるんですよ。白い大理石の庭園でね、若い人たちがよく写真を撮りに来るんです」

おじいさんが指差した方向に、階段が続いていた。

白い丘で、出会ったもの

階段を上がる。
石段は思ったより急で、息が切れた。運動不足を実感する。でも、その分、景色が開けていくのがわかった。

「未来心の丘」は、本当に白かった。

大理石で作られた彫刻や建造物が、青い空の下に広がっている。まるで、地中海のどこかに迷い込んだみたいだった。

誰もいない。
平日の午後だからか、貸し切り状態だった。

白い石の上を歩く。
足音が、こつこつと響く。靴底から伝わる大理石の硬さと、照り返す太陽の熱。風が吹くと、潮の匂いがまた届いた。

ここに、縁結びの言い伝えがあるらしい。
どういう縁なのかはわからないけれど、恋愛だけじゃなくて、人と人、場所と人、過去と未来。いろんな縁が、ここで結ばれるような気がした。

丘の端まで歩いて、海を見下ろす。
瀬戸内海が、キラキラと光っていた。島がいくつも浮かんでいる。あの島にも、誰かの暮らしがあって、誰かの物語があるんだろうな。

そう思ったとき、ふと気づいた。

私、今、誰とも繋がっていない。
スマホは鞄の中。SNSも見ていない。誰にも居場所を伝えていない。でも、不安じゃなかった。むしろ、自由だった。

ひとりでいることの、静けさ。
それが、こんなにも心地いいなんて。

白い石の上に座り込んで、しばらくぼんやりしていた。
時計を見ない時間。何も考えない時間。ただ、風と光を感じている時間。

「縁結び」って、もしかしたら、誰かと結ばれることじゃなくて、自分と結ばれることなのかもしれない。

そんなことを、ぼんやり思った。

小さな商店街での、小さな事件

お寺を出て、また商店街に戻った。
お腹が空いていた。時計を見ると、もう二時を過ぎていた。

「お昼、まだやってるかな」

独り言を言いながら、店を探す。

レモン。
そういえば、生口島はレモンの産地だと聞いていた。看板にも、のぼりにも、「レモン」の文字がたくさん並んでいる。

小さな食堂を見つけた。
「お食事処 しおかぜ」という名前。引き戸を開けると、カランカランと鈴の音がした。

「いらっしゃい」

カウンターの奥から、おばさんが顔を出した。
エプロン姿で、笑顔がやさしい。

「あの、まだランチ、大丈夫ですか」

「ああ、大丈夫よ。何がいい?」

メニューを見せてもらう。
海鮮丼、タコ天丼、レモンラーメン。どれも美味しそうで迷った。

「レモンラーメンって、どんな感じですか」

「ああ、それね。うちのレモン使ってるのよ。さっぱりしてて、これからの季節にいいわよ」

じゃあ、それでお願いします。

カウンターに座って待つ。
店内には私の他に、地元のおじいさんがひとり。新聞を読みながら、お茶を飲んでいた。

窓の外を見ると、猫が通り過ぎた。
三毛猫。のんびりとした足取りで、日陰を選んで歩いている。島の猫は、都会の猫より穏やかに見える。気のせいかもしれないけれど。

「はい、お待ちどうさま」

運ばれてきたレモンラーメンは、透明なスープに黄色いレモンが浮かんでいた。
湯気と一緒に、柑橘の香りが立ち上る。

一口、スープをすくって飲む。
あ、美味しい。

塩味のスープに、レモンの酸味がふわっと広がる。さっぱりしているのに、コクがある。麺も細めで、ちゅるちゅると食べやすい。

「美味しいです」

思わず声に出すと、おばさんが嬉しそうに笑った。

「そうでしょう。うちの畑のレモンなのよ。農薬使ってないから、皮ごと食べられるの」

食べながら、おばさんと話した。
島のこと、レモンのこと、観光客のこと。

「最近は若い子も来るようになってね。写真撮るのが好きな子たちが多いわ。でもね、写真撮るだけじゃなくて、ちゃんと島のこと見ていってほしいのよ」

おばさんの言葉に、少しドキッとした。
私も、写真を撮るために来たんじゃないかって。

「でも、あんたは違うわね。ちゃんと座って、ゆっくり食べてる。それでいいのよ」

そう言って、おばさんは笑った。

ラーメンを食べ終えて、お会計をする。
「ごちそうさまでした」と言うと、おばさんが小さな袋を差し出した。

「これ、持ってって。うちのレモン」

袋の中には、小ぶりのレモンが三つ入っていた。

「え、いいんですか」

「いいのよ。ひとり旅でしょ。お土産」

受け取って、お礼を言う。
袋を持つと、レモンの重さと、ほのかな香りが伝わってきた。

店を出るとき、おばさんが言った。

「また来てね。今度は誰かと一緒でもいいし、またひとりでもいいから」

夕暮れまでの、あてもない時間

食堂を出て、どうしようかと思った。
バスの時間まで、まだ二時間以上ある。

観光マップを広げてみる。
美術館、神社、展望台。いくつか見どころはあるけれど、どこかに急いで行きたい気分じゃなかった。

じゃあ、歩こう。
あてもなく、海沿いを歩いてみよう。

港の方へ向かう道は、静かだった。
車もほとんど通らない。民家の軒先に、洗濯物が干してある。どこかから、テレビの音が聞こえる。

生活の匂い。
観光地じゃない、人が暮らしている場所の空気。

海沿いの道に出た。
防波堤に座って、海を眺める。

波の音が、規則的に聞こえる。
ざざん、ざざん。
同じリズムで、何度も何度も。

スマホを取り出して、写真を撮ろうかと思ったけれど、やめた。
この景色は、写真に収めるものじゃない気がした。ただ、目に焼き付けておけばいい。

風が強くなってきた。
髪が顔にかかる。手で押さえながら、空を見上げる。雲が流れていく。速い。

ひとり旅って、こういう時間が一番好きかもしれない。
何もしない時間。誰とも話さない時間。ただ、そこにいるだけの時間。

東京にいると、いつも何かに追われている気がする。
仕事、予定、SNS、メッセージ。常に、誰かと繋がっていなきゃいけない気がして、スマホを手放せない。

でも、ここでは違う。
誰も私を知らないし、私も誰も知らない。それが、こんなにも楽だなんて。

防波堤に座ったまま、一時間くらいぼんやりしていた。
通りかかったおじいさんが「釣りでもするんかね」と声をかけてきたので、「いえ、ただ座ってるだけです」と答えたら、不思議そうな顔をされた。

でも、いいのだ。
ただ座っているだけでも、ちゃんと旅をしている。

小さな神社で、結んだこと

バスの時間が近づいてきた。
そろそろ港に戻ろうと思って、歩き始めた。

途中、小さな神社を見つけた。
「向上寺」と書いてある。地図には載っていない、小さな神社。

鳥居をくぐって、境内に入る。
誰もいない。静かだった。

手水舎で手を清めて、拝殿の前に立つ。
お賽銭を入れて、手を合わせる。

何をお願いしようか、考えた。
仕事のこと? 恋愛のこと? 家族のこと?

でも、どれもしっくりこなかった。

結局、お願いごとはしなかった。
ただ、「ありがとうございます」と心の中で言った。

今日、この島に来られたこと。
おばさんに優しくされたこと。
きれいな景色を見られたこと。
ひとりの時間を持てたこと。

そのすべてに、ありがとうって。

境内の隅に、小さな縁結びの木があった。
細い枝に、たくさんの赤い紐が結ばれている。おみくじを結ぶ場所なのかもしれない。

私も、何か結びたいなと思った。
でも、おみくじは持っていない。

ふと、ポケットにハンカチがあるのを思い出した。
白い、シンプルなハンカチ。

それを細く裂いて、枝に結んだ。
不格好な結び方だったけれど、ちゃんと結べた。

何と何を結んだのか、自分でもよくわからない。
でも、何かが繋がった気がした。過去と未来、自分と誰か、孤独と自由。

そんな、曖昧な縁。

帰りのバスで、考えたこと

バスに乗り込む。
行きと同じ路線。でも、窓の外の景色が違って見えた。

夕方の光が、海を照らしている。
オレンジ色に染まった水面が、きらきらと輝いていた。

橋を渡る。
また、境界線を越える。島から、本州へ。

でも、私の中には、まだ島の空気が残っている。
潮の匂い、レモンの香り、おばさんの笑顔、白い大理石の感触。

ひとり旅って、誰にも話さない思い出ができる。
SNSに投稿するわけでもなく、誰かに報告するわけでもなく、ただ自分の中にしまっておける記憶。

それが、宝物みたいに感じられた。

スマホを取り出して、久しぶりに電源を入れる。
いくつか通知が来ていたけれど、緊急のものはなかった。

メッセージアプリを開いて、母に連絡した。

「今日、生口島に行ってきたよ。レモンもらった。今度持っていくね」

短い文章。
でも、送信ボタンを押すのに、少し勇気がいった。

すぐに既読がついて、返信が来た。

「いいね。待ってる」

それだけ。
でも、それで十分だった。

縁は、結ぶものじゃなくて

尾道駅に着いた。
バスを降りると、街の音が一気に押し寄せてきた。車の音、人の声、店の明かり。

島とは、全然違う。
でも、私はもう、さっきまでの静けさを持っている。

駅のホームで電車を待ちながら、今日一日を振り返った。

縁結びの島だと聞いて来たけれど、実際に何かが結ばれたのかはわからない。
運命の人に出会ったわけでもないし、劇的な変化があったわけでもない。

ただ、小さな出会いがあった。
おじいさん、おばさん、猫、神社、海、風。

そして、自分自身との出会いもあった。

ひとりでいることを、怖がらなくていい。
誰かと繋がっていなくても、孤独じゃない。
静けさの中にいても、ちゃんと生きている。

そんなことを、体で理解できた気がした。

縁って、もしかしたら、結ぶものじゃないのかもしれない。
もともとそこにあって、ただ気づいていないだけなのかも。

自分と世界の縁。
自分と時間の縁。
自分と、まだ見ぬ誰かの縁。

それは、目に見えないし、形もない。
でも、確かに存在している。

電車が来た。
ドアが開いて、乗り込む。

窓際の席に座って、鞄からレモンを取り出した。
小さくて、少しいびつな形。でも、ずっしりと重くて、生命力を感じる。

これを、母に渡そう。
「レモン、もらったんだ」って、そこから話が始まるかもしれない。

それも、ひとつの縁の結び方なのかもしれない。

---

生口島での一日は、特別なことが起きたわけじゃない。
ただ、ゆっくりと時間が流れて、小さな出会いがあって、自分と向き合う時間があった。

それだけ。

でも、それが、今の私には必要だった。

ひとり旅は、寂しいものじゃない。
自分を見つめ直す、大切な時間なのだと思う。

そして、縁結びの島で学んだこと。
それは、誰かと結ばれることを願うより、まず自分と結ばれることの大切さだった。

自分を好きになること。
自分の時間を大切にすること。
自分の心の声を聞くこと。

そうやって、自分としっかり繋がっていれば、きっと他の誰かとも、自然に繋がっていけるのだと思う。

生口島の白い丘で、私は自分と出会い直した。
そして、小さな神社で、未来の自分と縁を結んだ。

それは、恋愛の縁じゃないかもしれない。
でも、もっと大きな、人生の縁なのかもしれない。

帰りの電車の窓に、自分の顔が映っている。
少しだけ、穏やかな表情をしていた。

また、ひとり旅に出よう。
次はどこに行こうか。

そんなことを考えながら、私は夜の街を走る電車に揺られていた。

手の中のレモンが、ほのかに香る。
それは、今日という日の証。
生口島という島の、やさしい記憶。

縁は、きっとこれからも続いていく。
目には見えないけれど、確かに存在する糸で、私と世界は繋がっている。

そう信じて、また明日を生きていこう。

🧭 次の旅もどうぞ 👇

👉 【猫の楽園】田代島で出会った小さな奇跡の物語

👉 青島ひとり旅|猫と海に助けられた日(瀬戸内)

※本記事は、実際に現地を訪れた体験をもとに、
移動・過ごし方・感じたことを記録しています。

 

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男木島|猫と人とアートの島

島の人と、長く話したわけではありません。

それでも、
短い会話が、なぜか心に残っています。

高松でうどんをすすっていた朝、隣のおばあちゃんの「男木島、ええよ」という一言が旅の背中を押してくれた。
猫が暮らし、アートが息づき、坂道の路地が迷路みたいに続く小さな島。
歩くたびに“暮らしと旅の境界”が曖昧になっていくような、不思議な感覚があった。

 

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朝のフェリーに飛び乗った理由

高松港で立ち食いうどんを食べていたときだった。隣のおばあちゃんが「男木島、ええよ」って、誰にともなくつぶやいたんだ。

その一言が、なぜか胸に引っかかった。

もともと瀬戸内の島々をゆるく巡るつもりだったけれど、具体的な予定は決めていなくて。朝からどこへ行こうか迷っていた私にとって、その言葉は合図みたいなものだった。うどんを急いで流し込んで、フェリー乗り場へ走った。

チケットを買って、階段を駆け上がって、滑り込むようにして乗船。息が切れていた。なんでこんなに焦ったんだろう。まるで、行かなきゃいけない気がしたみたいに。

フェリーの甲板に出ると、潮の匂いがした。塩辛くて、少し生臭くて、でもそれが海なんだって実感させてくれる匂い。風が強くて、髪がばさばさになった。でも構わなかった。誰も私のことなんて見ていないし、そもそも誰かの視線を気にしながら旅をするのは、もうやめようと決めていた。

40分の船旅。長いようで、短い。

波に揺られながら、私は手すりにもたれて海を眺めていた。灰色の海。冬の瀬戸内は、夏の写真で見るようなキラキラした青じゃなかった。でも、この色の方が好きかもしれない。飾らない感じがして。

港に降り立って、すぐに迷子になった

男木島の港は、思っていたより小さかった。

いや、小さいというより、こぢんまりしていて、優しい感じ。港の建物が白くて近未来的で、瀬戸内国際芸術祭の作品だって後で知った。「男木島の魂」っていうタイトルらしい。屋根が波みたいにうねっていて、中に入ると天井から光が差し込んで、不思議な影ができていた。

フェリーを降りた観光客たちは、地図を片手にさっさと坂を登り始めた。みんな、ちゃんと下調べしてきているんだろうな。私はスマホの充電を節約したくて、地図アプリもあまり開かないつもりでいた。なんとなく、道に迷うことも旅の一部だって思っていたから。

港を出てすぐの場所に、猫がいた。

三毛猫。丸まって寝ていた。近づいても起きなかった。この島の猫たちは、人を怖がらないんだ。そう聞いてはいたけれど、本当にそうだった。私はしゃがみこんで、しばらく眺めていた。寝息まで聞こえそうなくらい、静かだった。

「写真、撮らないの?」

後ろから声をかけられて、振り返った。同じくらいの年齢の女性が、笑いながら立っていた。

「撮ろうと思ったんですけど、なんか起こしちゃいそうで」

「わかる。私も最初そうだった」

そう言って、彼女は坂道の方を指さした。

「あの坂、登ると集落があるよ。迷路みたいで面白いから」

ありがとうございます、とお礼を言って、私も坂道を登り始めた。

坂と路地と、猫たちの居場所

男木島の集落は、坂だらけだった。

急な石段を登って、曲がって、また登って。息が上がる。冬なのに汗ばんできた。でも、疲れるっていうより、体が目覚めていく感覚だった。都会にいると、こんなふうに坂を登ることなんてないから。

路地が細い。すれ違うのがやっとくらいの幅しかなくて、両側の家の壁に手が届きそうなくらい。古い木造の家が並んでいて、壁の塗装が剥がれていたり、窓が閉まったままだったり。人が住んでいるのかどうか、わからない家もあった。

でも、洗濯物が干してある家もあって。風にゆれる白いシャツを見て、ああ、ここで誰かが生活しているんだって思った。当たり前のことなんだけど、観光地としてじゃなくて、生活の場所としての島を感じた瞬間だった。

そして、猫。

本当にたくさんいた。塀の上、階段の途中、家の軒先。どこにでもいた。茶トラ、黒猫、白黒、キジトラ。みんな、それぞれの居場所を持っているみたいだった。

ある黒猫は、私が近づいても逃げなかった。それどころか、すり寄ってきた。細い体。毛並みはそんなに良くなかったけれど、目がきれいだった。ゴールドの目。

「お腹すいてるの?」

話しかけたら、ニャアと鳴いた。

ごめん、何も持ってないんだ。そう言うと、黒猫はしばらく私を見つめてから、ゆっくりと路地の奥へ消えていった。後ろ姿が、少し寂しそうに見えた。気のせいかもしれないけれど。

アートと日常が溶け合う場所

路地を歩いていると、突然、カラフルな壁画が現れたりする。

古い家の壁に、鮮やかな絵が描かれていて、思わず立ち止まってしまう。これも芸術祭の作品なのか、それとも誰かが勝手に描いたものなのか、わからない。でも、そのわからなさが良かった。

アートと生活の境界が、ここでは曖昧だった。

空き家を利用した作品があって、中に入ると薄暗くて、目が慣れるまで何も見えなかった。少しずつ見えてくる。古い家具、壁に貼られた写真、天井から吊るされた何か。作品なのか、もともとあったものなのか、判別がつかない。

そういえば、アートって何だろう。

美術館にあるものだけがアートじゃないよな、って思った。この島の路地そのものが、猫たちの居場所そのものが、もうアートなんじゃないかって。

坂を登りきったところに、小さな広場があった。というか、広場と呼べるほど広くはなくて、ちょっと開けた場所、くらいの感じ。そこにベンチがあって、おじいさんが座っていた。

「こんにちは」

挨拶をすると、おじいさんはゆっくりと顔を上げた。

「どこから来たん?」

「東京です」

「遠いとこから来たなあ。猫、見に来たんか」

「それもありますけど、なんとなく、ふらっと」

おじいさんは笑った。歯が何本か抜けていた。

「ふらっと、か。ええな、そういうの」

そう言って、おじいさんは海の方を指さした。

「あそこから見る夕日が、きれいやで。まだ時間あるやろうけど」

ありがとうございます、と言って、私はベンチの端に座らせてもらった。おじいさんは特に何も話さなかった。私も話さなかった。ただ、一緒に海を眺めていた。

風が吹いて、木の葉が揺れる音がした。遠くで犬が吠えていた。猫が一匹、広場を横切って、また路地へ消えていった。

時間が、ゆっくり流れていた。

小さな食堂での出会い

お腹が空いた。

時計を見ると、もう午後1時を過ぎていた。朝、高松で食べたうどん以来、何も食べていなかった。でも、この島に食堂なんてあるんだろうか。不安になって、歩いている地元の人に聞いてみた。

「食堂、ありますか?」

「ああ、坂下りたとこに一軒あるよ。今日、やってるかな」

やってるかな、って。そういう不確実さも、島らしいのかもしれない。

教えてもらった方向へ歩いて、小さな食堂を見つけた。看板も小さくて、見逃しそうだった。引き戸を開けると、カランカランと鈴が鳴った。

「いらっしゃい」

奥から女性が出てきた。50代くらいだろうか。エプロンをつけていて、笑顔が優しかった。

店内には、テーブルが三つだけ。先客が一組いた。カップルで、地図を広げながら何か話していた。

「何がありますか?」

「今日はね、魚の煮付けと、タコ飯と、あとうどんくらいかな」

「じゃあ、タコ飯お願いします」

「はいよ」

女性は奥へ戻っていった。厨房から、包丁の音が聞こえてきた。トントントン。リズミカルな音。

待っている間、窓の外を眺めていた。路地が見えた。猫が通った。また別の猫が通った。この島、本当に猫だらけだな。

「お待たせ」

運ばれてきたタコ飯は、思っていたより量があった。タコがごろごろ入っていて、ご飯に味が染みていて、美味しそうな匂いがした。

一口食べた。

美味しかった。すごく、美味しかった。

タコが柔らかくて、噛むと旨味が広がって、ご飯の甘みと合わさって。シンプルなんだけど、丁寧に作られているのがわかった。

「美味しいです」

思わず声に出していた。

「ありがとう。今朝、獲れたタコやからね」

女性は嬉しそうに笑った。

食べながら、女性と少し話した。この島で生まれ育ったこと。若い頃は島を出たこと。でも、戻ってきたこと。今は、この食堂と、畑と、猫たちと暮らしていること。

「猫、多いですね」

「多いよー。餌あげてる人もおるし、観光客も可愛がってくれるし。でもね、冬は大変やと思うよ、猫たちも」

そうか、冬。

私は観光客として、数時間だけこの島にいる。でも、猫たちはここで冬を越す。寒い夜も、雨の日も。

なんだか、申し訳ないような気持ちになった。

灯台への道で考えたこと

食堂を出て、灯台を目指すことにした。

地図を見ると、島の反対側にあるらしい。歩いて30分くらいだろうか。特に予定もないし、体も動かしたかったから、歩くことにした。

集落を抜けると、道は舗装されているけれど車はほとんど通らなかった。両側に木が茂っていて、トンネルみたいになっている場所もあった。日陰に入ると、急に冷えた。冬なんだって、改めて思った。

歩きながら、いろんなことを考えた。

なんで私、ここにいるんだろう、とか。

仕事を辞めて、貯金を崩しながら旅をしている今の自分は、正しいんだろうか、とか。

答えなんて出ないことを、ぐるぐる考えてしまう。それでも、足は前に進んでいた。

途中、小さな神社があった。鳥居をくぐって、石段を登った。誰もいなかった。お賽銭を入れて、手を合わせた。何をお願いしたらいいのかわからなくて、とりあえず「ありがとうございます」とだけ言った。

神社の境内から、海が見えた。広くて、灰色で、でも美しかった。

ああ、来てよかったな。

そう思った。理由はわからないけれど、そう思った。

灯台で出会った猫

灯台に着いた。

白い灯台。思っていたより小さかった。でも、海を見下ろす場所に立っていて、堂々としていた。

灯台の周りを歩いていると、また猫がいた。

白い猫。片目が潰れていた。毛並みもボロボロで、痩せていた。でも、こちらをじっと見ていた。

私は近づいた。逃げなかった。

「こんにちは」

話しかけた。猫は何も言わなかった。当たり前だけど。

しゃがんで、手を伸ばした。猫は少し警戒したけれど、逃げなかった。そっと頭を撫でた。ざらざらした毛の感触。でも、温かかった。

猫は目を細めた。

この猫、ここでどうやって生きているんだろう。餌は? 寒い夜は? 誰かが面倒を見ているんだろうか。それとも、一匹で。

胸が痛くなった。

私には何もできない。旅人だから。今日だけの関係だから。明日には、もう会えないから。

でも、今、この瞬間だけは。

私はしばらく、その猫を撫で続けた。風が強くて、髪が顔にかかった。でも構わなかった。猫は、じっとしていた。

「元気でね」

最後にそう言って、立ち上がった。猫は座ったまま、私を見送ってくれた。

振り返らないようにして、歩き出した。振り返ったら、泣いてしまいそうだったから。

夕暮れの港で

灯台から戻る道は、行きよりも早く感じた。

集落を抜けて、港へ戻った。次のフェリーまで、まだ時間があった。港の建物の中に入って、ベンチに座った。

疲れていた。足が痛かった。でも、心地よい疲れだった。

港の外では、猫が数匹、固まって寝ていた。寒いから、くっついているんだろう。その姿が、愛おしかった。

そういえば、おじいさんが言っていた夕日。

もうすぐ沈む時間だった。私は外に出て、堤防の方へ歩いた。

空が、オレンジ色に染まり始めていた。

海も、オレンジ色だった。

夕日が、ゆっくりと沈んでいく。

周りには誰もいなかった。私だけ。いや、猫が一匹、隣にいた。一緒に夕日を見ているみたいだった。

きれいだな。

声に出さずに、心の中でつぶやいた。

この景色を、誰かと共有したいような、でも一人で見ていたいような、不思議な気持ちだった。

太陽が水平線に沈むまで、私はずっと立っていた。猫も、ずっと隣にいた。

空の色が、オレンジから紫に変わって、やがて暗くなっていった。

フェリーの中で思ったこと

帰りのフェリーは、行きよりも空いていた。

甲板に出ると、寒かった。でも、中にいたくなかった。海を見ていたかった。

島が、遠ざかっていく。

灯りが、ぽつぽつと見えた。あの集落のどこかで、あの猫たちが、今夜も過ごすんだろう。あの白い猫も、灯台のそばで。

私は何をしに、あの島へ行ったんだろう。

猫を見に? アートを見に? それとも、ただ逃げたかっただけ?

わからない。

でも、何か大切なものを、受け取った気がした。

それが何なのか、言葉にはできないけれど。

島の人たちの優しさ、猫たちの存在、夕日の美しさ、路地の静けさ、タコ飯の味、全部が混ざり合って、私の中に残っている。

旅って、こういうことなのかもしれない。

答えを見つけるためじゃなくて、何かを受け取るため。それが何なのか、すぐにはわからなくても。いつか、ふとした瞬間に、ああ、あのときのあれだ、って思い出すような。

フェリーが高松港に着いた。

降りて、振り返った。もう島は見えなかった。暗い海があるだけだった。

でも、確かにあそこに、島があって、猫たちがいて、人々が暮らしている。

また会いに行ける場所

ホテルに戻って、シャワーを浴びた。

鏡を見たら、日焼けしていた。冬なのに。風に吹かれすぎて、肌がカサカサだった。でも、なんだか生きてるって感じがした。

ベッドに横になって、今日のことを思い返した。

朝、うどん屋で聞いた「男木島、ええよ」っていう言葉。あのおばあちゃんの言う通りだった。本当に、良かった。

スマホで写真を見返した。猫の写真ばかりだった。路地の写真、海の写真、夕日の写真。どれも、その場の空気まで写っているわけじゃないけれど、見ると思い出せた。風の音、潮の匂い、猫の体温。

きっと、また行く。

そう思った。

季節が変わったら、また行きたい。春の男木島、夏の男木島、秋の男木島。それぞれ違う顔を見せてくれるんだろう。

あの白い猫は、元気にしているだろうか。会えるだろうか。

会えなくても、いい。どこかで生きていてくれたら、それでいい。

旅は、出会いと別れの繰り返しだ。でも、別れたからって、終わりじゃない。心の中に、ずっと残っていく。

男木島は、私にとって、そういう場所になった。

猫と人とアートの島。

でも、それだけじゃない。

もっと言葉にできない何かがある、島。

また会いに行ける場所があるって、いいな。

そう思いながら、私は眠りについた。窓の外では、高松の街の灯りが瞬いていた。でも、私の心は、まだあの島にあった。

灰色の海と、細い路地と、猫たちの瞳と。

またね、男木島。

男木島は、猫との距離、人の営み、アートの気配がすべて自然に混ざり合う不思議な島でした。
坂道を登るたびに風景が変わり、猫たちがふと隣に座ってくる。そんな偶然の連続が心をほぐしてくれる。
旅というより、“暮らしの隙間に入り込ませてもらった一日”のような時間でした。
また違う季節にも歩いてみたくなる、そんな場所です。

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