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投稿者:koo

この記事は、何もしない時間を大切にしたい人に向けて、
実体験をもとに書いた、静かなひとり旅の記録です。

 

時計を見なくなったのは、
島に着いてからしばらく経ってからでした。

何かをしているわけでもないのに、
時間だけが、静かに過ぎていきます。

旅に出たのに、
「今日は何もしなくていい」と思えた瞬間がありました。

予定も、目的も、成果もいらない。
ただ、そこにいるだけでよかった時間です。

特別な理由があったわけじゃない。ただ、なんとなく「海を見たい」と思った。それだけ。

生口島を選んだのも、偶然に近い。
地図を眺めていたら、なんだか名前の響きがやさしくて。「いくちじま」って、口に出すとちょっとあたたかい。そう感じたから、ここにしようと思った。

ひとり旅って、こういう選び方でいいんだと思う。
誰かに説明する必要もないし、理由を求められることもない。気まぐれと直感だけで、行き先を決めていい。

📍前回の記事【男木島】猫とアートに癒される瀬戸内の楽園|はこちら

🎥動画はこちら👇

橋を渡るということ

生口島へ渡る橋は、生口橋という。
バスの中から見上げると、思っていたより高い。アーチを描いて、空に向かって伸びている。

橋を渡るときって、なんだか特別な気持ちになる。
ここから、別の場所へ行くんだっていう境界線を、はっきりと感じられるから。陸続きなのに、島に「渡る」っていう感覚がある。

バスの窓を少しだけ開けてみた。
潮の匂いと、風の音が一緒に入ってくる。髪が少し乱れた。ああ、海に来たんだなって、体が理解する瞬間だった。

橋を渡り終えて、島に入る。
景色が変わったわけじゃないのに、空気が違う気がした。もっと、ゆっくりしていいよって言われているような。そんな錯覚。

「瀬戸田港」で降りた。
小さなバス停に、私ひとり。運転手さんが「気をつけてね」と声をかけてくれた。それだけで、少しうれしくなった。

耕三寺、それから

島に来たら、まず耕三寺に行こうと決めていた。
カラフルなお寺、というイメージだけを頼りに。

歩いて十分ほど。商店街のような通りを抜けると、突然、派手な山門が現れた。
朱色と金色。思わず「わあ」と声が出た。誰もいない路地で、ひとりで驚いている自分がちょっとおかしかった。

拝観料を払って中に入る。
境内は思っていたより広くて、いくつもの建物が並んでいる。どれも色鮮やかで、ここが本当に日本なのか、一瞬わからなくなるような感覚があった。

でも、派手なだけじゃない。
ひとつひとつの建物に、丁寧な装飾が施されている。龍の彫刻、花の透かし彫り、細やかな彩色。これを作った人の、執念のようなものを感じた。

「母のために建てたお寺なんですよ」

不意に、声をかけられた。
振り返ると、白髪のおじいさんが立っていた。お寺の関係者なのか、ボランティアガイドなのか。優しい目をしていた。

「お母さんのため、ですか」

私が聞き返すと、おじいさんは頷いた。

「耕三寺耕三という実業家が、亡くなった母を偲んで建てたんです。すごいでしょう。母への愛が、こんな形になるなんて」

母への愛。
その言葉が、胸にすとんと落ちた。

私は母とうまくいっていないわけじゃない。ただ、最近は連絡も減って、会う回数も少なくなった。それが大人になるってことだと思っていたけれど、もしかしたら、それだけじゃないのかもしれない。

「あの、縁結びにもご利益があるって聞いたんですけど」

私は話題を変えるように尋ねた。

「ああ、それは『未来心の丘』のほうかな。ここから少し上がったところにあるんですよ。白い大理石の庭園でね、若い人たちがよく写真を撮りに来るんです」

おじいさんが指差した方向に、階段が続いていた。

白い丘で、出会ったもの

階段を上がる。
石段は思ったより急で、息が切れた。運動不足を実感する。でも、その分、景色が開けていくのがわかった。

「未来心の丘」は、本当に白かった。

大理石で作られた彫刻や建造物が、青い空の下に広がっている。まるで、地中海のどこかに迷い込んだみたいだった。

誰もいない。
平日の午後だからか、貸し切り状態だった。

白い石の上を歩く。
足音が、こつこつと響く。靴底から伝わる大理石の硬さと、照り返す太陽の熱。風が吹くと、潮の匂いがまた届いた。

ここに、縁結びの言い伝えがあるらしい。
どういう縁なのかはわからないけれど、恋愛だけじゃなくて、人と人、場所と人、過去と未来。いろんな縁が、ここで結ばれるような気がした。

丘の端まで歩いて、海を見下ろす。
瀬戸内海が、キラキラと光っていた。島がいくつも浮かんでいる。あの島にも、誰かの暮らしがあって、誰かの物語があるんだろうな。

そう思ったとき、ふと気づいた。

私、今、誰とも繋がっていない。
スマホは鞄の中。SNSも見ていない。誰にも居場所を伝えていない。でも、不安じゃなかった。むしろ、自由だった。

ひとりでいることの、静けさ。
それが、こんなにも心地いいなんて。

白い石の上に座り込んで、しばらくぼんやりしていた。
時計を見ない時間。何も考えない時間。ただ、風と光を感じている時間。

「縁結び」って、もしかしたら、誰かと結ばれることじゃなくて、自分と結ばれることなのかもしれない。

そんなことを、ぼんやり思った。

小さな商店街での、小さな事件

お寺を出て、また商店街に戻った。
お腹が空いていた。時計を見ると、もう二時を過ぎていた。

「お昼、まだやってるかな」

独り言を言いながら、店を探す。

レモン。
そういえば、生口島はレモンの産地だと聞いていた。看板にも、のぼりにも、「レモン」の文字がたくさん並んでいる。

小さな食堂を見つけた。
「お食事処 しおかぜ」という名前。引き戸を開けると、カランカランと鈴の音がした。

「いらっしゃい」

カウンターの奥から、おばさんが顔を出した。
エプロン姿で、笑顔がやさしい。

「あの、まだランチ、大丈夫ですか」

「ああ、大丈夫よ。何がいい?」

メニューを見せてもらう。
海鮮丼、タコ天丼、レモンラーメン。どれも美味しそうで迷った。

「レモンラーメンって、どんな感じですか」

「ああ、それね。うちのレモン使ってるのよ。さっぱりしてて、これからの季節にいいわよ」

じゃあ、それでお願いします。

カウンターに座って待つ。
店内には私の他に、地元のおじいさんがひとり。新聞を読みながら、お茶を飲んでいた。

窓の外を見ると、猫が通り過ぎた。
三毛猫。のんびりとした足取りで、日陰を選んで歩いている。島の猫は、都会の猫より穏やかに見える。気のせいかもしれないけれど。

「はい、お待ちどうさま」

運ばれてきたレモンラーメンは、透明なスープに黄色いレモンが浮かんでいた。
湯気と一緒に、柑橘の香りが立ち上る。

一口、スープをすくって飲む。
あ、美味しい。

塩味のスープに、レモンの酸味がふわっと広がる。さっぱりしているのに、コクがある。麺も細めで、ちゅるちゅると食べやすい。

「美味しいです」

思わず声に出すと、おばさんが嬉しそうに笑った。

「そうでしょう。うちの畑のレモンなのよ。農薬使ってないから、皮ごと食べられるの」

食べながら、おばさんと話した。
島のこと、レモンのこと、観光客のこと。

「最近は若い子も来るようになってね。写真撮るのが好きな子たちが多いわ。でもね、写真撮るだけじゃなくて、ちゃんと島のこと見ていってほしいのよ」

おばさんの言葉に、少しドキッとした。
私も、写真を撮るために来たんじゃないかって。

「でも、あんたは違うわね。ちゃんと座って、ゆっくり食べてる。それでいいのよ」

そう言って、おばさんは笑った。

ラーメンを食べ終えて、お会計をする。
「ごちそうさまでした」と言うと、おばさんが小さな袋を差し出した。

「これ、持ってって。うちのレモン」

袋の中には、小ぶりのレモンが三つ入っていた。

「え、いいんですか」

「いいのよ。ひとり旅でしょ。お土産」

受け取って、お礼を言う。
袋を持つと、レモンの重さと、ほのかな香りが伝わってきた。

店を出るとき、おばさんが言った。

「また来てね。今度は誰かと一緒でもいいし、またひとりでもいいから」

夕暮れまでの、あてもない時間

食堂を出て、どうしようかと思った。
バスの時間まで、まだ二時間以上ある。

観光マップを広げてみる。
美術館、神社、展望台。いくつか見どころはあるけれど、どこかに急いで行きたい気分じゃなかった。

じゃあ、歩こう。
あてもなく、海沿いを歩いてみよう。

港の方へ向かう道は、静かだった。
車もほとんど通らない。民家の軒先に、洗濯物が干してある。どこかから、テレビの音が聞こえる。

生活の匂い。
観光地じゃない、人が暮らしている場所の空気。

海沿いの道に出た。
防波堤に座って、海を眺める。

波の音が、規則的に聞こえる。
ざざん、ざざん。
同じリズムで、何度も何度も。

スマホを取り出して、写真を撮ろうかと思ったけれど、やめた。
この景色は、写真に収めるものじゃない気がした。ただ、目に焼き付けておけばいい。

風が強くなってきた。
髪が顔にかかる。手で押さえながら、空を見上げる。雲が流れていく。速い。

ひとり旅って、こういう時間が一番好きかもしれない。
何もしない時間。誰とも話さない時間。ただ、そこにいるだけの時間。

東京にいると、いつも何かに追われている気がする。
仕事、予定、SNS、メッセージ。常に、誰かと繋がっていなきゃいけない気がして、スマホを手放せない。

でも、ここでは違う。
誰も私を知らないし、私も誰も知らない。それが、こんなにも楽だなんて。

防波堤に座ったまま、一時間くらいぼんやりしていた。
通りかかったおじいさんが「釣りでもするんかね」と声をかけてきたので、「いえ、ただ座ってるだけです」と答えたら、不思議そうな顔をされた。

でも、いいのだ。
ただ座っているだけでも、ちゃんと旅をしている。

小さな神社で、結んだこと

バスの時間が近づいてきた。
そろそろ港に戻ろうと思って、歩き始めた。

途中、小さな神社を見つけた。
「向上寺」と書いてある。地図には載っていない、小さな神社。

鳥居をくぐって、境内に入る。
誰もいない。静かだった。

手水舎で手を清めて、拝殿の前に立つ。
お賽銭を入れて、手を合わせる。

何をお願いしようか、考えた。
仕事のこと? 恋愛のこと? 家族のこと?

でも、どれもしっくりこなかった。

結局、お願いごとはしなかった。
ただ、「ありがとうございます」と心の中で言った。

今日、この島に来られたこと。
おばさんに優しくされたこと。
きれいな景色を見られたこと。
ひとりの時間を持てたこと。

そのすべてに、ありがとうって。

境内の隅に、小さな縁結びの木があった。
細い枝に、たくさんの赤い紐が結ばれている。おみくじを結ぶ場所なのかもしれない。

私も、何か結びたいなと思った。
でも、おみくじは持っていない。

ふと、ポケットにハンカチがあるのを思い出した。
白い、シンプルなハンカチ。

それを細く裂いて、枝に結んだ。
不格好な結び方だったけれど、ちゃんと結べた。

何と何を結んだのか、自分でもよくわからない。
でも、何かが繋がった気がした。過去と未来、自分と誰か、孤独と自由。

そんな、曖昧な縁。

帰りのバスで、考えたこと

バスに乗り込む。
行きと同じ路線。でも、窓の外の景色が違って見えた。

夕方の光が、海を照らしている。
オレンジ色に染まった水面が、きらきらと輝いていた。

橋を渡る。
また、境界線を越える。島から、本州へ。

でも、私の中には、まだ島の空気が残っている。
潮の匂い、レモンの香り、おばさんの笑顔、白い大理石の感触。

ひとり旅って、誰にも話さない思い出ができる。
SNSに投稿するわけでもなく、誰かに報告するわけでもなく、ただ自分の中にしまっておける記憶。

それが、宝物みたいに感じられた。

スマホを取り出して、久しぶりに電源を入れる。
いくつか通知が来ていたけれど、緊急のものはなかった。

メッセージアプリを開いて、母に連絡した。

「今日、生口島に行ってきたよ。レモンもらった。今度持っていくね」

短い文章。
でも、送信ボタンを押すのに、少し勇気がいった。

すぐに既読がついて、返信が来た。

「いいね。待ってる」

それだけ。
でも、それで十分だった。

縁は、結ぶものじゃなくて

尾道駅に着いた。
バスを降りると、街の音が一気に押し寄せてきた。車の音、人の声、店の明かり。

島とは、全然違う。
でも、私はもう、さっきまでの静けさを持っている。

駅のホームで電車を待ちながら、今日一日を振り返った。

縁結びの島だと聞いて来たけれど、実際に何かが結ばれたのかはわからない。
運命の人に出会ったわけでもないし、劇的な変化があったわけでもない。

ただ、小さな出会いがあった。
おじいさん、おばさん、猫、神社、海、風。

そして、自分自身との出会いもあった。

ひとりでいることを、怖がらなくていい。
誰かと繋がっていなくても、孤独じゃない。
静けさの中にいても、ちゃんと生きている。

そんなことを、体で理解できた気がした。

縁って、もしかしたら、結ぶものじゃないのかもしれない。
もともとそこにあって、ただ気づいていないだけなのかも。

自分と世界の縁。
自分と時間の縁。
自分と、まだ見ぬ誰かの縁。

それは、目に見えないし、形もない。
でも、確かに存在している。

電車が来た。
ドアが開いて、乗り込む。

窓際の席に座って、鞄からレモンを取り出した。
小さくて、少しいびつな形。でも、ずっしりと重くて、生命力を感じる。

これを、母に渡そう。
「レモン、もらったんだ」って、そこから話が始まるかもしれない。

それも、ひとつの縁の結び方なのかもしれない。

---

生口島での一日は、特別なことが起きたわけじゃない。
ただ、ゆっくりと時間が流れて、小さな出会いがあって、自分と向き合う時間があった。

それだけ。

でも、それが、今の私には必要だった。

ひとり旅は、寂しいものじゃない。
自分を見つめ直す、大切な時間なのだと思う。

そして、縁結びの島で学んだこと。
それは、誰かと結ばれることを願うより、まず自分と結ばれることの大切さだった。

自分を好きになること。
自分の時間を大切にすること。
自分の心の声を聞くこと。

そうやって、自分としっかり繋がっていれば、きっと他の誰かとも、自然に繋がっていけるのだと思う。

生口島の白い丘で、私は自分と出会い直した。
そして、小さな神社で、未来の自分と縁を結んだ。

それは、恋愛の縁じゃないかもしれない。
でも、もっと大きな、人生の縁なのかもしれない。

帰りの電車の窓に、自分の顔が映っている。
少しだけ、穏やかな表情をしていた。

また、ひとり旅に出よう。
次はどこに行こうか。

そんなことを考えながら、私は夜の街を走る電車に揺られていた。

手の中のレモンが、ほのかに香る。
それは、今日という日の証。
生口島という島の、やさしい記憶。

縁は、きっとこれからも続いていく。
目には見えないけれど、確かに存在する糸で、私と世界は繋がっている。

そう信じて、また明日を生きていこう。

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👉 【猫の楽園】田代島で出会った小さな奇跡の物語

👉 青島ひとり旅|猫と海に助けられた日(瀬戸内)

※本記事は、実際に現地を訪れた体験をもとに、
移動・過ごし方・感じたことを記録しています。

 

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島の人と、長く話したわけではありません。

それでも、
短い会話が、なぜか心に残っています。

高松でうどんをすすっていた朝、隣のおばあちゃんの「男木島、ええよ」という一言が旅の背中を押してくれた。
猫が暮らし、アートが息づき、坂道の路地が迷路みたいに続く小さな島。
歩くたびに“暮らしと旅の境界”が曖昧になっていくような、不思議な感覚があった。

 

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👉 猫が案内してくれた小さな奇跡|田代島

朝のフェリーに飛び乗った理由

高松港で立ち食いうどんを食べていたときだった。隣のおばあちゃんが「男木島、ええよ」って、誰にともなくつぶやいたんだ。

その一言が、なぜか胸に引っかかった。

もともと瀬戸内の島々をゆるく巡るつもりだったけれど、具体的な予定は決めていなくて。朝からどこへ行こうか迷っていた私にとって、その言葉は合図みたいなものだった。うどんを急いで流し込んで、フェリー乗り場へ走った。

チケットを買って、階段を駆け上がって、滑り込むようにして乗船。息が切れていた。なんでこんなに焦ったんだろう。まるで、行かなきゃいけない気がしたみたいに。

フェリーの甲板に出ると、潮の匂いがした。塩辛くて、少し生臭くて、でもそれが海なんだって実感させてくれる匂い。風が強くて、髪がばさばさになった。でも構わなかった。誰も私のことなんて見ていないし、そもそも誰かの視線を気にしながら旅をするのは、もうやめようと決めていた。

40分の船旅。長いようで、短い。

波に揺られながら、私は手すりにもたれて海を眺めていた。灰色の海。冬の瀬戸内は、夏の写真で見るようなキラキラした青じゃなかった。でも、この色の方が好きかもしれない。飾らない感じがして。

港に降り立って、すぐに迷子になった

男木島の港は、思っていたより小さかった。

いや、小さいというより、こぢんまりしていて、優しい感じ。港の建物が白くて近未来的で、瀬戸内国際芸術祭の作品だって後で知った。「男木島の魂」っていうタイトルらしい。屋根が波みたいにうねっていて、中に入ると天井から光が差し込んで、不思議な影ができていた。

フェリーを降りた観光客たちは、地図を片手にさっさと坂を登り始めた。みんな、ちゃんと下調べしてきているんだろうな。私はスマホの充電を節約したくて、地図アプリもあまり開かないつもりでいた。なんとなく、道に迷うことも旅の一部だって思っていたから。

港を出てすぐの場所に、猫がいた。

三毛猫。丸まって寝ていた。近づいても起きなかった。この島の猫たちは、人を怖がらないんだ。そう聞いてはいたけれど、本当にそうだった。私はしゃがみこんで、しばらく眺めていた。寝息まで聞こえそうなくらい、静かだった。

「写真、撮らないの?」

後ろから声をかけられて、振り返った。同じくらいの年齢の女性が、笑いながら立っていた。

「撮ろうと思ったんですけど、なんか起こしちゃいそうで」

「わかる。私も最初そうだった」

そう言って、彼女は坂道の方を指さした。

「あの坂、登ると集落があるよ。迷路みたいで面白いから」

ありがとうございます、とお礼を言って、私も坂道を登り始めた。

坂と路地と、猫たちの居場所

男木島の集落は、坂だらけだった。

急な石段を登って、曲がって、また登って。息が上がる。冬なのに汗ばんできた。でも、疲れるっていうより、体が目覚めていく感覚だった。都会にいると、こんなふうに坂を登ることなんてないから。

路地が細い。すれ違うのがやっとくらいの幅しかなくて、両側の家の壁に手が届きそうなくらい。古い木造の家が並んでいて、壁の塗装が剥がれていたり、窓が閉まったままだったり。人が住んでいるのかどうか、わからない家もあった。

でも、洗濯物が干してある家もあって。風にゆれる白いシャツを見て、ああ、ここで誰かが生活しているんだって思った。当たり前のことなんだけど、観光地としてじゃなくて、生活の場所としての島を感じた瞬間だった。

そして、猫。

本当にたくさんいた。塀の上、階段の途中、家の軒先。どこにでもいた。茶トラ、黒猫、白黒、キジトラ。みんな、それぞれの居場所を持っているみたいだった。

ある黒猫は、私が近づいても逃げなかった。それどころか、すり寄ってきた。細い体。毛並みはそんなに良くなかったけれど、目がきれいだった。ゴールドの目。

「お腹すいてるの?」

話しかけたら、ニャアと鳴いた。

ごめん、何も持ってないんだ。そう言うと、黒猫はしばらく私を見つめてから、ゆっくりと路地の奥へ消えていった。後ろ姿が、少し寂しそうに見えた。気のせいかもしれないけれど。

アートと日常が溶け合う場所

路地を歩いていると、突然、カラフルな壁画が現れたりする。

古い家の壁に、鮮やかな絵が描かれていて、思わず立ち止まってしまう。これも芸術祭の作品なのか、それとも誰かが勝手に描いたものなのか、わからない。でも、そのわからなさが良かった。

アートと生活の境界が、ここでは曖昧だった。

空き家を利用した作品があって、中に入ると薄暗くて、目が慣れるまで何も見えなかった。少しずつ見えてくる。古い家具、壁に貼られた写真、天井から吊るされた何か。作品なのか、もともとあったものなのか、判別がつかない。

そういえば、アートって何だろう。

美術館にあるものだけがアートじゃないよな、って思った。この島の路地そのものが、猫たちの居場所そのものが、もうアートなんじゃないかって。

坂を登りきったところに、小さな広場があった。というか、広場と呼べるほど広くはなくて、ちょっと開けた場所、くらいの感じ。そこにベンチがあって、おじいさんが座っていた。

「こんにちは」

挨拶をすると、おじいさんはゆっくりと顔を上げた。

「どこから来たん?」

「東京です」

「遠いとこから来たなあ。猫、見に来たんか」

「それもありますけど、なんとなく、ふらっと」

おじいさんは笑った。歯が何本か抜けていた。

「ふらっと、か。ええな、そういうの」

そう言って、おじいさんは海の方を指さした。

「あそこから見る夕日が、きれいやで。まだ時間あるやろうけど」

ありがとうございます、と言って、私はベンチの端に座らせてもらった。おじいさんは特に何も話さなかった。私も話さなかった。ただ、一緒に海を眺めていた。

風が吹いて、木の葉が揺れる音がした。遠くで犬が吠えていた。猫が一匹、広場を横切って、また路地へ消えていった。

時間が、ゆっくり流れていた。

小さな食堂での出会い

お腹が空いた。

時計を見ると、もう午後1時を過ぎていた。朝、高松で食べたうどん以来、何も食べていなかった。でも、この島に食堂なんてあるんだろうか。不安になって、歩いている地元の人に聞いてみた。

「食堂、ありますか?」

「ああ、坂下りたとこに一軒あるよ。今日、やってるかな」

やってるかな、って。そういう不確実さも、島らしいのかもしれない。

教えてもらった方向へ歩いて、小さな食堂を見つけた。看板も小さくて、見逃しそうだった。引き戸を開けると、カランカランと鈴が鳴った。

「いらっしゃい」

奥から女性が出てきた。50代くらいだろうか。エプロンをつけていて、笑顔が優しかった。

店内には、テーブルが三つだけ。先客が一組いた。カップルで、地図を広げながら何か話していた。

「何がありますか?」

「今日はね、魚の煮付けと、タコ飯と、あとうどんくらいかな」

「じゃあ、タコ飯お願いします」

「はいよ」

女性は奥へ戻っていった。厨房から、包丁の音が聞こえてきた。トントントン。リズミカルな音。

待っている間、窓の外を眺めていた。路地が見えた。猫が通った。また別の猫が通った。この島、本当に猫だらけだな。

「お待たせ」

運ばれてきたタコ飯は、思っていたより量があった。タコがごろごろ入っていて、ご飯に味が染みていて、美味しそうな匂いがした。

一口食べた。

美味しかった。すごく、美味しかった。

タコが柔らかくて、噛むと旨味が広がって、ご飯の甘みと合わさって。シンプルなんだけど、丁寧に作られているのがわかった。

「美味しいです」

思わず声に出していた。

「ありがとう。今朝、獲れたタコやからね」

女性は嬉しそうに笑った。

食べながら、女性と少し話した。この島で生まれ育ったこと。若い頃は島を出たこと。でも、戻ってきたこと。今は、この食堂と、畑と、猫たちと暮らしていること。

「猫、多いですね」

「多いよー。餌あげてる人もおるし、観光客も可愛がってくれるし。でもね、冬は大変やと思うよ、猫たちも」

そうか、冬。

私は観光客として、数時間だけこの島にいる。でも、猫たちはここで冬を越す。寒い夜も、雨の日も。

なんだか、申し訳ないような気持ちになった。

灯台への道で考えたこと

食堂を出て、灯台を目指すことにした。

地図を見ると、島の反対側にあるらしい。歩いて30分くらいだろうか。特に予定もないし、体も動かしたかったから、歩くことにした。

集落を抜けると、道は舗装されているけれど車はほとんど通らなかった。両側に木が茂っていて、トンネルみたいになっている場所もあった。日陰に入ると、急に冷えた。冬なんだって、改めて思った。

歩きながら、いろんなことを考えた。

なんで私、ここにいるんだろう、とか。

仕事を辞めて、貯金を崩しながら旅をしている今の自分は、正しいんだろうか、とか。

答えなんて出ないことを、ぐるぐる考えてしまう。それでも、足は前に進んでいた。

途中、小さな神社があった。鳥居をくぐって、石段を登った。誰もいなかった。お賽銭を入れて、手を合わせた。何をお願いしたらいいのかわからなくて、とりあえず「ありがとうございます」とだけ言った。

神社の境内から、海が見えた。広くて、灰色で、でも美しかった。

ああ、来てよかったな。

そう思った。理由はわからないけれど、そう思った。

灯台で出会った猫

灯台に着いた。

白い灯台。思っていたより小さかった。でも、海を見下ろす場所に立っていて、堂々としていた。

灯台の周りを歩いていると、また猫がいた。

白い猫。片目が潰れていた。毛並みもボロボロで、痩せていた。でも、こちらをじっと見ていた。

私は近づいた。逃げなかった。

「こんにちは」

話しかけた。猫は何も言わなかった。当たり前だけど。

しゃがんで、手を伸ばした。猫は少し警戒したけれど、逃げなかった。そっと頭を撫でた。ざらざらした毛の感触。でも、温かかった。

猫は目を細めた。

この猫、ここでどうやって生きているんだろう。餌は? 寒い夜は? 誰かが面倒を見ているんだろうか。それとも、一匹で。

胸が痛くなった。

私には何もできない。旅人だから。今日だけの関係だから。明日には、もう会えないから。

でも、今、この瞬間だけは。

私はしばらく、その猫を撫で続けた。風が強くて、髪が顔にかかった。でも構わなかった。猫は、じっとしていた。

「元気でね」

最後にそう言って、立ち上がった。猫は座ったまま、私を見送ってくれた。

振り返らないようにして、歩き出した。振り返ったら、泣いてしまいそうだったから。

夕暮れの港で

灯台から戻る道は、行きよりも早く感じた。

集落を抜けて、港へ戻った。次のフェリーまで、まだ時間があった。港の建物の中に入って、ベンチに座った。

疲れていた。足が痛かった。でも、心地よい疲れだった。

港の外では、猫が数匹、固まって寝ていた。寒いから、くっついているんだろう。その姿が、愛おしかった。

そういえば、おじいさんが言っていた夕日。

もうすぐ沈む時間だった。私は外に出て、堤防の方へ歩いた。

空が、オレンジ色に染まり始めていた。

海も、オレンジ色だった。

夕日が、ゆっくりと沈んでいく。

周りには誰もいなかった。私だけ。いや、猫が一匹、隣にいた。一緒に夕日を見ているみたいだった。

きれいだな。

声に出さずに、心の中でつぶやいた。

この景色を、誰かと共有したいような、でも一人で見ていたいような、不思議な気持ちだった。

太陽が水平線に沈むまで、私はずっと立っていた。猫も、ずっと隣にいた。

空の色が、オレンジから紫に変わって、やがて暗くなっていった。

フェリーの中で思ったこと

帰りのフェリーは、行きよりも空いていた。

甲板に出ると、寒かった。でも、中にいたくなかった。海を見ていたかった。

島が、遠ざかっていく。

灯りが、ぽつぽつと見えた。あの集落のどこかで、あの猫たちが、今夜も過ごすんだろう。あの白い猫も、灯台のそばで。

私は何をしに、あの島へ行ったんだろう。

猫を見に? アートを見に? それとも、ただ逃げたかっただけ?

わからない。

でも、何か大切なものを、受け取った気がした。

それが何なのか、言葉にはできないけれど。

島の人たちの優しさ、猫たちの存在、夕日の美しさ、路地の静けさ、タコ飯の味、全部が混ざり合って、私の中に残っている。

旅って、こういうことなのかもしれない。

答えを見つけるためじゃなくて、何かを受け取るため。それが何なのか、すぐにはわからなくても。いつか、ふとした瞬間に、ああ、あのときのあれだ、って思い出すような。

フェリーが高松港に着いた。

降りて、振り返った。もう島は見えなかった。暗い海があるだけだった。

でも、確かにあそこに、島があって、猫たちがいて、人々が暮らしている。

また会いに行ける場所

ホテルに戻って、シャワーを浴びた。

鏡を見たら、日焼けしていた。冬なのに。風に吹かれすぎて、肌がカサカサだった。でも、なんだか生きてるって感じがした。

ベッドに横になって、今日のことを思い返した。

朝、うどん屋で聞いた「男木島、ええよ」っていう言葉。あのおばあちゃんの言う通りだった。本当に、良かった。

スマホで写真を見返した。猫の写真ばかりだった。路地の写真、海の写真、夕日の写真。どれも、その場の空気まで写っているわけじゃないけれど、見ると思い出せた。風の音、潮の匂い、猫の体温。

きっと、また行く。

そう思った。

季節が変わったら、また行きたい。春の男木島、夏の男木島、秋の男木島。それぞれ違う顔を見せてくれるんだろう。

あの白い猫は、元気にしているだろうか。会えるだろうか。

会えなくても、いい。どこかで生きていてくれたら、それでいい。

旅は、出会いと別れの繰り返しだ。でも、別れたからって、終わりじゃない。心の中に、ずっと残っていく。

男木島は、私にとって、そういう場所になった。

猫と人とアートの島。

でも、それだけじゃない。

もっと言葉にできない何かがある、島。

また会いに行ける場所があるって、いいな。

そう思いながら、私は眠りについた。窓の外では、高松の街の灯りが瞬いていた。でも、私の心は、まだあの島にあった。

灰色の海と、細い路地と、猫たちの瞳と。

またね、男木島。

男木島は、猫との距離、人の営み、アートの気配がすべて自然に混ざり合う不思議な島でした。
坂道を登るたびに風景が変わり、猫たちがふと隣に座ってくる。そんな偶然の連続が心をほぐしてくれる。
旅というより、“暮らしの隙間に入り込ませてもらった一日”のような時間でした。
また違う季節にも歩いてみたくなる、そんな場所です。

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正直に言うと、行く前は少し不安でした。

本当に辿り着けるのか。
帰りの足はあるのか。

半年前に離島好きの友人が「日本でいちばん行きにくい有人島を制覇した」と話していた。興味を持って調べたところ、東京から公共交通機関だけで向かうには最低でも2日かかる島がいくつかあることを知った。その中でも山口県の見島は、萩からのフェリーが1日1往復のみで、萩までの路線バスの本数も限られていた。

当初は飛行機で山口宇部空港まで行くことを考えていたが、費用を抑えたかったのと、長距離移動そのものを楽しみたいという気持ちがあった。夜行バスと在来線、路線バス、フェリーを組み合わせれば、片道15000円程度で行けると分かり、3泊4日の休みを取って計画を立てた。

時期は5月の連休明けを選んだ。この時期なら海が比較的穏やかで、フェリーの欠航リスクが低いと判断した。ただし気象条件によっては運休もあるため、予備日を含めた日程を組む必要があった。

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実際にやってみた流れ

東京から新山口駅まで

出発は金曜日の夜23時発の夜行バスを使った。バスタ新宿から広島行きの便で、新山口駅には翌朝7時20分に到着する予定だった。予約は出発の3週間前にウェブサイトから行い、座席は通路側の前方を選んだ。料金は7800円だった。

乗車当日は22時30分にバスタ新宿に到着した。トイレを済ませて乗り場を確認し、22時50分から乗車が始まった。車内は8割程度の乗車率で、隣の席は空いていた。首に巻くタイプのネックピローと耳栓、アイマスクを持参していたが、結局使ったのは耳栓だけだった。

途中、深夜2時頃に足柄SAで20分の休憩があった。自動販売機で飲み物を買い、トイレに行った。その後は断続的に眠り、気づくと広島県に入っていた。朝6時に吉和PAで2回目の休憩があり、ここで洗面所で顔を洗った。

新山口駅には定刻より5分早く7時15分に到着した。駅構内のトイレで着替えと歯磨きを済ませた。コインロッカーに荷物を預けることも考えたが、バックパック1つだったのでそのまま持ち歩くことにした。

新山口駅から萩バスセンターまで

新山口駅から萩までは防長交通の路線バスを使う。「スーパーはぎ号」という特急バスで、所要時間は約1時間10分、料金は1570円だった。1日6便あり、私が乗る便は8時20分発だった。

バス乗り場は新山口駅新幹線口を出て右手にあった。7時50分頃に向かうと、すでにバス停の表示があり、待合スペースもあった。駅構内のコンビニで朝食用のおにぎりとお茶を買った。

8時10分頃にバスが到着し、運転手に行き先を告げて現金で支払った。交通系ICカードは使えないとウェブサイトで確認していたので、あらかじめ小銭を用意していた。乗客は私を含めて4人だった。

バスは定刻に出発した。中国自動車道を使わず、国道262号線を通る一般道ルートだった。車窓からは田園風景と山間部が続き、時折小さな集落を通過した。途中、絵堂、明木などいくつかのバス停に停車したが、乗降客はいなかった。

萩バスセンターには9時30分に到着した。ここからフェリー乗り場の萩港までは徒歩15分程度だったが、フェリーの出港時刻は12時30分だったので、先に萩の市街地を歩くことにした。

萩市街地での待ち時間

萩バスセンターから萩城跡方面へ歩いた。観光案内所で見島についての資料をもらい、帰りのバスの時刻も確認した。案内所の職員に見島に行くことを伝えると、「天気が良くてよかったですね」と言われた。

萩城跡周辺を1時間ほど散策し、コンビニで昼食用のパンと飲み物を購入した。見島には商店が1軒あると聞いていたが、営業時間が不確かだったため、2日分の食料を買い込んだ。パン4個、カップ麺2個、お菓子、ペットボトルの水とお茶を合わせて約2000円分になった。

11時30分に萩港へ向かった。バスセンターからは海沿いに歩き、途中の道は歩道が狭かったため車に注意しながら進んだ。

フェリー乗船手続き

萩港のフェリーターミナルには11時45分に到着した。建物は小さく、待合室と券売窓口が一体になっていた。窓口で見島行きの乗船券を購入した。2等席で片道2280円だった。往復割引はなく、帰りの便は見島で購入することになると説明された。

乗船名簿に名前と連絡先を記入した。この日の乗客リストを見ると、私の前に5名ほどの名前があった。待合室には地元の方と思われる年配の女性が2人座っていた。

12時頃、外にフェリーが接岸しているのが見えた。「おにようず」という船名だった。全長約40メートルほどの小型フェリーで、車両も積載できる構造になっていた。船内放送で乗船開始が告げられたのは12時20分だった。

乗船は徒歩客が先で、その後に車両が積み込まれた。タラップを上がり、船内の2等客室に入った。畳敷きの和室スタイルで、定員は50名程度と思われた。すでに先客が3名いたので、窓際の場所に荷物を置いた。

見島までの航路

12時30分、定刻通りに出港した。エンジンの振動が床から伝わってきた。萩の町並みがゆっくりと遠ざかり、10分ほどで外海に出た。

船内には自動販売機とトイレがあった。デッキにも出られたので、15分ほど外の空気を吸った。風は強かったが、波は比較的穏やかだった。他の乗客も数名デッキに出ていた。

40分ほど経つと進行方向に島影が見えてきた。それが見島だった。島は思ったより起伏があり、集落は海岸沿いに密集しているように見えた。

13時40分、見島の本村港に到着した。所要時間は約1時間10分だった。下船は車両が先で、徒歩客はその後だった。港には迎えの車が数台停まっていた。

見島での移動

港のすぐ近くに宇津観音という寺があり、まずそこに向かった。港から徒歩3分ほどで、石段を上がると本堂があった。境内からは港と集落が見渡せた。

集落内を歩いて商店を探した。港から200メートルほど歩いたところにあったが、シャッターが閉まっていた。張り紙を見ると、営業は午前中のみと書いてあった。想定していた状況だったので、前日に食料を買っておいて正解だった。

宿は港から徒歩5分の民宿を予約していた。チェックインは15時からだったが、13時50分頃に到着したところ、女将さんが出てきて「荷物だけ置いていっていいですよ」と言ってくれた。バックパックを部屋に置き、貴重品だけ持って外出した。

島内の探索

見島は周囲約17キロメートルで、集落があるのは東側の本村地区だけだった。島内にはレンタサイクルもレンタカーもなく、移動手段は徒歩のみだった。

まず北側の宇津展望台を目指した。集落から離れると舗装道路は続いていたが、傾斜がきつくなった。30分ほど歩くと分岐点に着き、そこから展望台までは未舗装の山道になっていた。

展望台までの道は草が茂っていて、足元が見えにくい箇所があった。持参していたトレッキングポールを使って進んだ。15分ほど登ると開けた場所に出て、そこが展望台だった。ベンチと説明板があり、日本海が一望できた。

展望台で20分ほど休憩し、持ってきたパンを食べた。下山は同じ道を戻り、14時50分頃に集落に戻った。

民宿での滞在

15時に民宿に戻り、正式にチェックインした。部屋は6畳の和室で、窓から港が見えた。共同のトイレと洗面所は廊下にあり、風呂は17時から使えると説明された。

夕食は18時だった。食堂に行くと、他の宿泊客はおらず、私一人だった。女将さんが「今日は他にお客さんがいないので、ゆっくりしてください」と言った。

料理はサザエの壺焼き、刺身、煮魚、天ぷらなど海産物が中心だった。ご飯と味噌汁はおかわり自由だった。女将さんと会話する機会があり、島の人口が約700人であること、冬場はフェリーがよく欠航することなどを聞いた。

食後は部屋で休み、21時頃に就寝した。波の音が微かに聞こえたが、静かな環境だった。

翌日の行動

翌朝は6時に起床した。朝食は7時で、ご飯と焼き魚、卵焼き、味噌汁というシンプルな内容だった。

チェックアウトは10時だったが、フェリーの出港は14時50分だったので、荷物を預かってもらい、島の南側を歩くことにした。

南側には大井という地区があり、牧場や牛が放牧されていると聞いていた。集落から南へ続く道を歩き始めた。途中、見島ウシという天然記念物の看板があった。

1時間ほど歩くと開けた場所に出て、牧場が見えた。柵の向こうに黒い牛が数頭いた。近づくと牛が警戒した様子でこちらを見たが、逃げることはなかった。

12時頃に集落に戻り、港近くのベンチで昼食を取った。カップ麺を食べたかったが、お湯が手に入らなかったので、残っていたパンで済ませた。

帰路のフェリー

13時に民宿に戻り、荷物を受け取った。女将さんにお礼を言い、港へ向かった。

フェリーターミナルで乗船券を購入し、14時30分頃に乗船した。帰りの船は行きよりも乗客が多く、15名ほどいた。多くは島民と思われる方々だった。

14時50分に出港し、萩港には16時に到着した。予定通りの時刻だった。

萩から新山口駅まで

萩港からバスセンターまで徒歩で戻り、16時40分発の新山口駅行きのバスに乗った。料金は行きと同じ1570円だった。

バスは18時前に新山口駅に到着した。駅ビルで夕食を取り、19時30分発の夜行バスで東京へ戻った。

途中でつまずいた点

最も困ったのは見島での食料確保だった。商店が午前中のみの営業で、到着時刻には閉まっていた。事前に調べてはいたが、具体的な営業時間までは把握していなかった。結果的に萩で食料を買っておいたので問題はなかったが、もし買い忘れていたら夕食以外の食事に困っただろう。

フェリーの予約ができない点も戸惑った。電話で問い合わせたところ、予約制ではなく当日先着順とのことだった。繁忙期は乗れない可能性もあると言われ、不安だったが、5月の平日だったため問題なかった。

見島での移動手段も想定より限られていた。レンタサイクルがあると思っていたが、実際にはなかった。集落の人に聞いたところ、以前はあったが現在は休止中とのことだった。そのため、徒歩での移動しかできず、島の西側や北端まで行く計画は断念した。

宇津展望台への道も予想以上に荒れていた。観光地図には載っていたが、実際には利用者が少ないようで、草が伸びていた。長袖長ズボンとトレッキングシューズを履いていたので大丈夫だったが、軽装だったら引き返していただろう。

萩での待ち時間の使い方も非効率だった。2時間以上あったが、事前に回るルートを決めていなかったため、行き当たりばったりになった。結果的に萩城跡周辺しか見られなかった。

夜行バスでの睡眠も思ったより取れなかった。座席のリクライニング角度が想定より浅く、首が痛くなった。ネックピローを持参していたが、形状が合わず使わなかった。別のタイプを試すべきだった。

帰りのバスの時刻確認も曖昧だった。萩バスセンターで時刻表を撮影していたが、曜日によって運行本数が違うことを見落としていた。たまたま日曜日も運行している便だったが、事前にもっと細かく確認すべきだった。

自分なりに工夫した部分

食料の持参量は多めにした。当初は1日分だけ考えていたが、商店の営業状況が不確かだったため、2日分の食料を萩で購入した。パンは日持ちするものを選び、カップ麺は万が一お湯が手に入った時のために持って行った。結果的にカップ麺は食べられなかったが、持って行ったこと自体は正解だった。

水分も多めに用意した。ペットボトル2リットル分を持参したが、5月でも日中は暑く、展望台への登山で1本使い切った。民宿では食事時以外の飲み物提供がなかったため、持参した水が役立った。

服装は重ね着できるようにした。朝晩は涼しいが日中は暑いと予想し、長袖シャツの下に半袖Tシャツを着た。実際、日中は長袖を脱いで歩き、展望台では羽織った。

靴はトレッキングシューズを選んだ。スニーカーでも問題ないと思っていたが、展望台への道が予想より悪かったため、グリップ力のある靴で正解だった。

現金も多めに用意した。島内にATMはないと事前に確認していたので、萩で5万円を引き出しておいた。実際には民宿の支払いが現金のみで、1泊2食で9000円だった。カード決済ができると思っていたので、事前に確認しておいてよかった。

帰りのフェリー時刻は何度も確認した。1日1便しかないため、乗り遅れると島に1泊延長になる。民宿のチェックアウト後も時計を何度も見て、余裕を持って港に向かった。

バスの時刻表は印刷して持参した。スマートフォンの電池切れに備え、紙の時刻表を持っていた。実際には電池は十分あったが、紙の方が見やすく、何度も確認できた。

充電器とモバイルバッテリーも持参した。民宿でスマートフォンを充電できたが、カメラの充電はバッテリーが必要だった。容量10000mAhのものを持って行き、1度使用した。

地図アプリはオフラインマップをダウンロードしておいた。島内のモバイル回線は電波が弱いと聞いていたため、事前に山口県全域の地図を端末に保存した。実際には電波は問題なかったが、準備しておいたことで安心できた。

実感した変化

この旅行を通じて、公共交通機関だけで遠隔地に行く計画力がついた。以前は車やレンタカーに頼りがちだったが、バスとフェリーの組み合わせでも十分に旅ができることを実感した。時刻表を細かく調べる習慣もついた。

待ち時間の過ごし方も上達した。萩での2時間、見島での4時間という長い待ち時間を、観光や散策に充てることで無駄にしなかった。以前なら退屈に感じただろうが、今回は時間を楽しめた。

荷物の選別も上手くなった。3泊4日の旅行をバックパック1つで済ませられたのは初めてだった。必要最低限のものだけを持ち、衣類は圧縮袋に入れた。洗面用具も小さいボトルに詰め替えた。

歩くことへの抵抗がなくなった。見島では1日に10キロ以上歩いたが、苦にならなかった。普段の通勤でも一駅分歩くようになり、体力がついた実感がある。

情報収集の方法も変わった。観光サイトだけでなく、自治体の公式ページや個人のブログも読むようになった。特に実際に行った人の体験談は参考になった。

予備プランの重要性も理解した。フェリーが欠航した場合の代替案を考えておくべきだったと、帰宅後に気づいた。今後の旅行では必ず予備日や代替ルートを検討するようにしている。

現地の人との会話も意識するようになった。民宿の女将さんや港で会った島民の方との短い会話から、島の実情を知ることができた。ガイドブックには載っていない情報が得られた。

写真の撮り方も変化した。観光名所だけでなく、集落の路地や港の風景、バスの車窓など、移動中の何気ない景色も記録するようになった。後から見返すと、そういう写真の方が記憶を呼び起こす。

時間に対する感覚も変わった。都市部では5分のバスの遅れでもイライラしていたが、1日1便のフェリーを待つ経験をしてから、時間の流れ方が場所によって違うことを実感した。急ぐ必要のない時間を過ごせるようになった。

旅行先の選び方も変わった。以前は有名な観光地ばかり選んでいたが、今はアクセスの難しい場所にも興味を持つようになった。行きにくい場所ほど、着いた時の達成感があることを知った。

まとめ

フェリーと路線バスで見島に行く旅は、想定以上に時間がかかったが、それ以上に得るものが多かった。東京から3泊4日かけて、約700人が暮らす島に辿り着く過程そのものが旅の価値だった。

アクセスの難しさは、事前準備の重要性を教えてくれた。食料、現金、時刻表の確認、服装の選択など、一つひとつの準備が現地での快適さに直結した。特に1日1便のフェリーというスケジュールは、余裕を持った計画の必要性を痛感させた。

見島での滞在時間は実質30時間程度だったが、島内を歩き、景色を見て、民宿で島の話を聞くことで、その土地の空気を感じられた。効率だけを求める旅とは違う充実感があった。

この経験後、他のアクセス困難な島にも興味を持つようになった。五島列島の小値賀島、隠岐諸島の知夫里島など、行ってみたい場所のリストができた。公共交通機関だけで行ける範囲が、思った以上に広いことも分かった。

費用面でも満足している。往復の交通費と宿泊費、食費を合わせて約3万5千円で済んだ。飛行機とレンタカーを使えば時間は短縮できただろうが、この旅のペースが自分には合っていた。

今後も年に1回は、こうした時間のかかる旅をしたいと考えている。次は東北の離島か、瀬戸内海の島を検討している。アクセスの難しさを楽しむ旅は、自分なりの旅のスタイルとして定着しつつある。

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少し、疲れていました。

理由ははっきりしないけれど、
人の多さや、情報の多さに。

青島に行こうと思ったのは、ただ何かから逃げたかったからだ。

理由なんて、なかったと思う。
そんなふうに書くと大げさだけれど、でも正直なところ、明確な目的があったわけじゃない。「猫の島」という響きに惹かれて、ただなんとなく検索して、新幹線のチケットを取って。気づいたら、リュックひとつで家を出ていた。

三月の終わり。春なのか冬なのか、どっちつかずの季節。

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青島ってどんな島?

青島は愛媛県の瀬戸内海に浮かぶ小さな島。
人口は十数人、猫はその数倍。

観光施設も商店もない、静かな時間が流れる場所だ。

そこで人間より存在感を放っているのが、猫たち。

海の匂いが、変わっていく

伊予西条駅で降り、ローカル線に乗り換えた。
窓の外の景色が、だんだんと海に近づいていく。

田んぼ、民家、小さな工場。
そしてふいに視界が開け、瀬戸内海が見えた。

潮の匂い、鉄の匂い。
都会の海とは違う、生の匂い。

船に乗るということ

小さな船「青島丸」。
乗り込むと、磯と少しのガソリンの匂い。

港が遠ざかり、陸が小さくなる。
なんだか泣きたくなった。理由はわからない。

海の上は、想像より静かだった。

猫が出迎える島

最初に出会ったのは三毛猫。
逃げない、驚かない、じっと見てくる。

その視線は
歓迎でも拒絶でもない、ただ「存在」しているだけ。

道を進むと、猫、猫、猫。
どの猫も人を恐れない。
それがこの島の日常なのだと、すぐにわかった。

島の人と猫

家の前で猫に餌をあげるおじいさん。
猫の名前を一匹ずつ教えてくれる。

「都会から来たんかね」
「東京からです」
「そうか。疲れとるんじゃないか」

その言葉に、胸がぎゅっとなった。
疲れていたことにすら、気づいていなかった。

ひとりと、海と

猫たちがいない岩場で、海を眺めた。
瀬戸内海は静かに、寄せては返す。

その繰り返しを見ているだけで、
さっきまでの悩みが少しずつ遠ざかっていく。

小さな事件

岩の隙間に挟まった一匹の子猫。
そっと手を伸ばし、抱き上げる。

震える小さな体。
助けたというより、
助けさせてもらったのだと思った。

胸の奥が、じんわりと温かくなる。

また会えるという安心

港に戻ると、さっきのおじいさん。
最後に三毛猫が足元に座る。

見送ってくれている気がした。

船が島を離れる。
海の向こうに青島がある。
もう見えないけれど、確かにある。

東京に戻ってわかったこと

都会の雑踏。忙しそうな人々。

でも今は、少し違う。
急がなくてもいい、と思える。

青島で
「忘れていたことを思い出した」
のかもしれない。

あなたに伝えたいこと

もし、何かに疲れているなら。
もし、何かを探しているなら。
もし、息苦しさを抱えているなら。

青島に行ってみてほしい
…とは言わない。

でも、
日常から少し離れるだけで
世界はやさしくなることがある。

旅は、答えを見つけるものじゃない。
問いを持ち帰るものだと思う。

青島への行き方

瀬戸内の小さな島・青島へは、鉄道と船を乗り継いで向かいます。

① JR予讃線「伊予長浜駅」へ

松山駅から約70分。
海沿いを走る列車の車窓も旅の楽しみ。

② 徒歩で長浜港へ

駅から港はすぐ。
港の小さな待合所で乗船手続きをします。

③ 船で青島へ(約15分)

便数は1日2~3便。
時間に余裕を持って行くのがおすすめです。

※商店・宿泊施設なし。
飲み物と軽食は事前に準備を。
猫への餌やりは、島の方にお任せしましょう。

旅は終わらない。
わたしの中で、青島はまだ続いている。

この旅で感じたこと

この旅を通して感じたのは、
「たくさん見たか」「どこまで行ったか」よりも、
その時間をどう受け取れたかで、旅の価値は大きく変わるということでした。

観光地を効率よく回る旅は、確かに達成感があります。
でも一方で、移動や予定に追われて、
気づけば「何を感じたか」より「何をこなしたか」だけが残ることもあります。

今回の旅では、そうした“評価されやすい旅の形”から、
少しだけ距離を置いてみました。
予定を詰め込まず、何もしない時間を受け入れてみる。
それだけで、景色の見え方や、時間の流れが驚くほど変わった気がします。

旅先で特別な出来事が起きたわけではありません。
でも、だからこそ、
「日常から離れていた」という実感が、静かに残りました。

もし最近、
・旅に出ても疲れが残る
・どこへ行っても似たような感覚になる
そんなふうに感じているなら、
こうした“余白のある旅”も、一つの選択肢になるかもしれません。

この旅は、
「どこへ行くか」よりも、
「どう過ごすか」を考えるきっかけを、確かに与えてくれました。

 

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